岩井俊二監督が語る、物語を作る醍醐味
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【Tokyo cinema cloud X by 八雲ふみね 第767回】
シネマアナリストの八雲ふみねが、いま、観るべき映画を発信する「Tokyo cinema cloud X(トーキョー シネマ クラウド エックス)」。
現在、大ヒット公開中の岩井俊二監督最新作『ラストレター』。“小さな嘘と手紙の行き違い”をきっかけに、過去と現在、2つの世代を通して紡がれる、淡く切ない恋物語です。
今回は、監督・原作・脚本・編集を手がけた岩井俊二監督に独占インタビュー。“岩井美学”と呼ばれる作品の原点、そしてこれからについて伺いました。
劇中に登場する小説が、物語の着地点を見つけるきっかけになった…
八雲ふみね(以下、八雲):SNSが全盛の現代において、映画のキーアイテムとなるのが“手紙”というのが、とても新鮮でした。
岩井俊二監督(以下、岩井監督):25年前に『Love Letter』(※1)という映画を作った当時は、手紙はごく普通のツールでした。だから、そのまま登場させてもあまり面白みがないんじゃないかと思って。そこで主人公は、ワープロで手紙を打つことにしたんです。
(※1)Love Letter … 1995年公開。岩井俊二監督の劇場用長編映画監督第1作。小樽と神戸を舞台に、誤送された恋文から始まるラブストーリー。
八雲:手書きではなくて、わざわざワープロで手紙を書く姿が、当時は斬新に映りました。
岩井監督:でも、現代にいたっては、手書きで書くことの方に有難みがあったりしますよね。そこに年月の経過を感じます。『ラストレター』では、松たか子さん扮する主人公・裕里が、庵野秀明さん演じる夫にスマホを壊されて…。
八雲:(笑)。浮気を疑われて、大惨事になってしまった…。
岩井監督:それがきっかけで、手紙を書かざるを得なくなってしまったという。この設定を思いついたときに、『Love Letter』のような物語を作れそうだな…と。でもプロットは簡単に書いたんですけど、そこから先は結構時間がかかってしまって…。意外と簡単ではなかったですね。
八雲:特にどのあたりが?
岩井監督:これは『Love Letter』のときにも感じたことなんですけど、手紙の話って、主人公だけでなく、離れた場所にいる文通相手のドラマも描かなきゃいけないので、物語のコントロールが難しいんですよ。「これ、何の話なんだろう」って、ストーリーの行く先を見失いがちになるんでしょうね、きっと。
八雲:なるほど。
岩井監督:しかも今回は、裕里と鏡史郎(福山雅治)による文通だけでなく、そこに鮎美(広瀬すず)と颯香(森七菜)のチームが加わって来るという“三つ巴の関係性”だったので。ストーリーに決着をつけるにあたって、落としどころを自分のなかではっきりと見出すのに時間がかかりました。そうこうするうちに、劇中に登場する「未咲」という小説が、映画のなかで重要なポイントを占めることになって。さすがに、これは何も書かずに「こんな小説があった」という空想のままで撮影を進めるのは不可能だと思ったので…。実際に書いたんですよ。
八雲:やっぱりお書きになったのですね。映画を拝見して、「未咲」という小説が実在するのかどうか、とても気になっていました。
岩井監督:200ページくらいのものを書きました。福山さんにはそれを読んだうえで、大学時代に起こった未咲との顛末を頭に入れた状態で演じてもらいました。その「未咲」が書けたことで、僕のなかでもやっと「あ、こういう話なんだ」と腑に落ちたという…。
八雲:書き進めるうちに、ストーリーを発見して行くような状況だったのでしょうか。
岩井監督:まぁ、物語を作るというのは、そういうことなんですよね。最初から「この映画は、こんな話」と決めて書いて行くスタイルも、あるにはあるんでしょうけれど。僕の場合は、割と、自分も半分読者のような感覚で書くことが多い。だから小説などは、次がどうなるかわからない状態で書いていることが多いですよ。
岸辺野裕里の姉、未咲が亡くなった。裕里は葬儀の場で、未咲の娘・鮎美から、未咲宛の同窓会の案内状と、未咲が鮎美に残した手紙の存在を知らされる。
姉の死を知らせるために同窓会へ足を運んだものの、学校のヒロインだった姉と勘違いされてしまう裕里。そしてその場で、初恋の相手である小説家の乙坂鏡史郎と再会し、未咲のふりをしたまま彼と文通することに。
やがて、その手紙の一通が鮎美のもとに届いてしまったことで、鮎美は鏡史郎と未咲、そして裕里の学生時代の淡い初恋の思い出をたどり始める…。
八雲:この映画を観ていて改めて思ったのが、手紙って時空を超えるんだなぁ…って。“時空を超える”というとタイムリープとか過去に戻るとか、そうしたことが斬新な表現のように個人的には思いがちでしたが、手紙ひとつでこんなにも空間が広がり、時空も世代も超えて行く。大きな発見でした。
岩井監督:長年映画を作って来ているんですけど、タイムマシンものとかは、あまり自分ではやりたがらないんですよ(笑)。
八雲:(笑)。どうしてですか?
岩井監督:何でだろう…。観るのはいいんですけどねぇ…。例えば『花とアリス』(※2)は、いわゆる記憶喪失ネタなんですけど、本当に記憶喪失にはなっていないわけで。『ヴァンパイア』(※3)でも、本物の吸血鬼なんてどこにも出て来ない。あくまでも、現実に起こりうる話を作りたい、ということなのかな。物語の入り口があまりにも非現実的だと「でもこれって起こり得ないよね」と、まず自分のなかで引っかかってしまって。そうなると「映画を作るうえで、長期間、この題材と付き合えるだろうか」と、怯んじゃうんですよね。
(※2)花とアリス … 2004年公開。鈴木杏と蒼井優を主演に迎え、2003年にネット配信されたショートフィルムをもとに、長編映画として制作。
(※3)ヴァンパイア … 2012年公開。自殺サイトを利用して少女たちの血を求めるうちに真実の愛を見つけて行く男性の姿を描いた異色作。脚本・監督・音楽・撮影・編集・プロデュースと、1人6役を務めた。
八雲:あぁ、もしかしたら自分自身がその作品と向き合えなくなるのではないかと…。
岩井監督:そうそう。以前、タイムマシンものをやろうとしたことがあるんだけど…。
八雲:え、そうなんですか?! チャレンジはしてらっしゃる(笑)。
岩井監督:ところが、タイムマシンの設定を考えるだけで何ヵ月も経っちゃって。それで挫折してしまったことがあります。
八雲:ご自分のなかで辻褄が合わせられるかどうかが、肝なんですね。
岩井監督:それなりに説得力をもって描けるのであれば、やる気も起きるのでしょうけれど。「なぞの転校生」(※4)なんかは、どっちかと言うと、そっち側の世界で。
(※4)なぞの転校生 … 2014年放映。眉村卓のジュブナイル小説を、岩井俊二企画・プロデュース・脚本・編集で連続ドラマ化。
八雲:SF的要素がふんだんに盛り込まれた作品でしたね。
岩井:あのときもワームホールとか、原理をいろいろと調べて。自分で自分をロジックで騙しきれればいけるんですよ。「いや、これはあり得ないよ」という段階では、なかなかね。自分なりの“理由”が欲しいんでしょうね。
八雲:なるほど。そういった意味では、手紙というのは非常に日常的なものであり、SFとまでは行かなくともミステリアスな部分もあるアイテムだったのでしょうね。
八雲:例えば、主人公が姉の死を知らせるために行った同窓会で、周囲の人からは姉と人違いされてしまう。スマホが壊れてしまったことから、姉になりすまして初恋の人に手紙を書き続ける…。物語のなかに散りばめられた“小さな嘘”が巧妙に絡み合うことで、ストーリーがドラマチックに展開して行くのが、とても興味深かったです。
岩井監督:物語を作るときは、まず不可能な設定を置くんですよ。
八雲:敢えて、ですか?
岩井監督:そうです。じゃあ、その不可能な設定をどうすればドラマとして成立させられるか、それを後付けで考えて行くんです。だから、どれだけの無理難題を考えられるかが鍵ですね。
八雲:へぇ~。
岩井監督:最初から辻褄を合わせることだけを考えていると、物語って面白くならないんで。そのパズルを組み立てて行くのが、物語を作る醍醐味でもあるわけなんですよね。
(後編につづく)
岩井俊二
■1963年、宮城県仙台市生まれ。
■1988年、桑田佳祐「いつか何処かで(I FEEL THE ECHO)」PVをディレクション、プロとしてスタート。
■1991年、深夜ドラマ「見知らぬ我が子」でドラマ初演出。
■1993年、「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」で、日本映画監督協会新人賞を受賞(テレビドラマでの受賞は初)。
■1994年、中篇『undo』で映画監督デビュー。
■1995年、初長編監督作『Love Letter』は社会現象と化し、異例のロングランヒットを記録。
■1996年、念願&渾身の大作『スワロウテイル』が公開。
以降、ショートムービー、ドキュメンタリー、アメリカ映画、アニメーションと、縦横無尽にエリアを広げ、いずれの作品でも唯一無二の「岩井美学」を証明している。
『ラストレター』
全国東宝系にて公開中
監督・脚本・編集:岩井俊二
原作:岩井俊二「ラストレター」(文春文庫刊)
音楽:小林武史
主題歌:森七菜「カエルノウタ」(Sony Music Labels)
出演:松たか子、広瀬すず、庵野秀明、森七菜、小室等、水越けいこ、木内みどり、鈴木慶一/豊川悦司、中山美穂 / 神木隆之介、福山雅治
(C)2020「ラストレター」製作委員会
公式サイト https://last-letter-movie.jp/
『ラストレター』
著:岩井俊二
■文春文庫から発売中。
■亡き姉・未咲の代わりに同窓会に出た裕里は、初恋の鏡史郎と再会。2つの世代の恋愛を瑞々しく描いた、岩井美学の到達点!
関連サイト https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167913465
連載情報
Tokyo cinema cloud X
シネマアナリストの八雲ふみねが、いま、観るべき映画を発信。
著者:八雲ふみね
映画コメンテーター・DJ・エッセイストとして、TV・ラジオ・雑誌など各種メディアで活躍中。機転の利いた分かりやすいトークで、アーティスト、俳優、タレントまでジャンルを問わず相手の魅力を最大限に引き出す話術が好評で、絶大な信頼を得ている。初日舞台挨拶・完成披露試写会・来日プレミア・トークショーなどの映画関連イベントの他にも、企業系イベントにて司会を務めることも多数。トークと執筆の両方をこなせる映画コメンテーター・パーソナリティ。
八雲ふみね 公式サイト http://yakumox.com/