どうしたらメディアに注目してもらえるか 野村克也さんの真骨頂
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フリーアナウンサーの柿崎元子による、メディアとコミュニケーションを中心とするコラム「メディアリテラシー」。今回は「メディアを利用する方法」について---
【策士・ノムさんのメディア戦略とは】
野村克也さんの訃報が届きました。選手として監督として、解説者として多くの功績を残された野村さん。史上初の捕手三冠王や出場試合数、通算本塁打などのさまざまな記録、ヤクルトを3度日本一に導いた監督としての手腕。プロ野球の歴史のなかでも代表的な人物でした。
私にとってノムさんは、監督や野球評論家の印象が強く、オンタイムで選手の野村さんを知りません。訃報に接し多くの方がネットに思い出やエピソード、功績をたたえる記事を投稿し、追悼番組が放送されました。それらに触れるうちに私は、スポーツ選手というよりもビジネスマン、戦略家、策士としての野村克也さんを意識せずにはいられなくなりました。
なかでも、対話力は群を抜いていたのではないでしょうか? テレビ、ラジオ、新聞という大メディアを相手に、メディアの特性を最大限に利用した戦略家と評することができます。“メディアを利用する”という発想は、マネをしてほしい技術です。
【王や長嶋はヒマワリで私は月見草】
野村克也さんがメディアに露出する際に心がけたと思われる点は、次の3つです。
まず、どんな取材でも断らずに受ける。もちろんキャッチャーとして、打者として努力している点など“当たり前”のインタビューや取材には対応するのが普通ですが、自分にはあまり関係ない取材…例えばよく比較されたであろう王選手や長嶋選手、さらには他チームについてコメントを求められたときに、いやな顔をせず対応していたのではないかと予想されます。そこで出て来たエピソードが「月見草」です。
ホームランを通算600本打った1975年、「王や長嶋はヒマワリで私は月見草」と発言したことは、あまりにも有名です。当時セ・リーグの人気は絶大で、巨人軍の王と長嶋=ONは、日本中で誰もが知っている大スターでした。
どんなに記録を作ってもすぐに塗り替えられていた野村さんに、記者がONのことを尋ねても不思議ではありません。自分のことを取材してほしいのにONのことばかり…というのは屈辱的で、取材を拒否してもおかしくないのに、おそらく気持ちよくインタビューに答えていたのではないかと推測します。
さらに、「野村克也のところに行けば何か答えてくれる」と記者同士で広まれば、レポーターを含めて記者は再びやって来ます。どんな質問にもきちんと答えるためには、野球をとことん知らなければなりません。自分のプレーのみならず、打者、ピッチャー、大リーグの試合など、あらゆることを勉強し、頭に入れていたのではないでしょうか。
この徹底した学びを、野球選手の勘や経験則だけだったものから数量的にデータ化し、メモに変えて蓄積して行ったと思われます。例えば、ここに投げると右バッターが打ったボールはこちらに飛んで行き、球種によってどこに返球すればアウトにできるか…などの類のものだと思います。
野球ができない私には、その程度しか表現できないので申し訳ないのですが、テニスでも同じことが言われるので想像できます。どのようなサーブをどこに打てば、コートのどこに返って来る確率が高いのか。そのボールをボレーでどこにどのように打てばポイントになるのか、ということと同じだと思っています。そして、それこそがID野球に紐づけられるのではないかと思います。
【メディアを利用したエピソード・イチロー攻略】
説明が長くなりましたが、メディア攻略のポイントの2つ目はデータです。スポーツ新聞をはじめとする活字メディアは、見出しで読者を惹きつける必要があります。しかし、その見出しがウソであっては記事の信用をなくします。ですから本文のなかで、見出しの根拠になるようなデータや事例を書く必要があります。
このデータを、野村監督はたくさん保持していたと思われます。ID野球を標ぼうしていたので当然でしょう。記者は自分で考えなくても、ノムさんから“見出し”となる言葉をもらい、その根拠も提供してもらえるわけですから、こんなに楽なことはないでしょう。またしても野村監督のところに取材に行くわけです。
そして、このデータを基にメディアを利用した最大のエピソードは、イチロー選手への挑発でした。1995年の日本シリーズ、2年連続首位打者のオリックスのイチロー選手を封じ込めるために野村監督がとった作戦は、事前にメディアを使って「イチロー対策はできた」と、データを繰り返し繰り返し、報道陣に語ることでした。
野村監督が思う弱点をわざと発言することで、イチロー選手の意識に刷り込んだと言われています。
【高度なテクニック「ぼやき」の効果】
そしてメディアに対して行ったこと、3つめの行動は「ぼやき」です。「ぼやき」と呼ばれる独特な話しぶりは、どう発言すれば新聞の見出しに載るのか、インタビューとして使ってもらえるのか、メディアを研究し、計算された発言です。
通常のぼやきとは、はっきり言わずブツブツ一人言のように語ることで、正式なコメントとは一線を画すものです。そのため録音しないことが多いと言えます。記者のもつボイスレコーダーやマイクには届かず、記録されない性質のものであるわけです。
しかし、野村監督はわざと小さく、大事なことを言うという高度なテクニックを使ったのです。私たちはときどき、「ここだけの話」と言ってささやくという行動を取ることがあります。言われた側は急に耳をそばだてて、「大事なことを言われるのだな」と感じます。ぼやきは、ささやきと同じ効果を生むことになるのです。
先ほど見出しの話をしましたが、テレビやラジオのインタビューも短いことは重要です。長い話は特集でも組まない限り、扱いにくいと言われます。極力短く、10~15秒、最大でも30秒程度に言いたいことをまとめ、きらりと光るコメントを発するのです。
ノムさんのコメントは最適化されていました。名言である“マー君、神の子、不思議な子”や“努力に勝る才能はなし”、そして“人生の基本は感謝である”なども例として挙げられます。
このように、ノムさんにしかできない方法でメディアを上手く利用したことで、メディアと共存し、注目を浴び続けることができたのだと思います。多くのファンに愛された野村克也さん。ご冥福をお祈りいたします。(了)
連載情報
柿崎元子のメディアリテラシー
1万人にインタビューした話し方のプロがコミュニケーションのポイントを発信
著者:柿崎元子フリーアナウンサー
テレビ東京、NHKでキャスターを務めたあと、通信社ブルームバーグで企業経営者を中心にのべ1万人にインタビューした実績を持つ。また30年のアナウンサーの経験から、人によって話し方の苦手意識にはある種の法則があることを発見し、伝え方に悩む人向けにパーソナルレッスンやコンサルティングを行なっている。ニッポン放送では週1のニュースデスクを担当。明治学院大学社会学部講師、東京工芸大学芸術学部講師。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修士
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