カズ、53歳でJ1出場 なぜ横浜FCは契約を続けるのか 

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、9月23日、サッカーJ1リーグの最年長出場記録を更新した横浜FC・三浦知良選手にまつわるエピソードを取り上げる。

カズ、53歳でJ1出場 なぜ横浜FCは契約を続けるのか 

【サッカーJ1川崎対横浜FC】前半、攻め込む横浜FC・三浦知良=2020年9月23日 等々力陸上競技場 写真提供:産経新聞社

「横浜FCというクラブ、監督を含めたスタッフ、選手のみんなに感謝したい。みんなの力や助けがあって、自分はきょうこうして、J1の舞台に先発として立てていると思っているので」(試合後、カズのコメント)

9月23日に等々力陸上競技場で行われたJ1リーグ・川崎VS横浜FC戦。赤いキャプテンマークを左腕に巻き、横浜FCの先頭に立ってピッチに入場したのが、“キング・カズ”こと三浦知良でした。カズがJ1の試合に出場したのは、実に13年ぶりのこと。くしくも等々力は、ヴェルディ川崎時代の1993年5月、カズがJ1初ゴールを決めた場所でもありました。

ゲームキャプテンを務めたカズは、この日で53歳6ヵ月28日。“ゴン”こと中山雅史がコンサドーレ札幌在籍時につくった45歳2ヵ月1日を大幅に更新する、J1最年長出場記録となりました。おそらくこの記録は、カズ本人以外が塗り替えることはないでしょう。

「53歳のプロサッカー選手が、1部リーグの試合に先発出場」というニュースは、世界でも驚きを持って報じられました。FIFA(国際サッカー連盟)の公式ツイッターは、王冠の絵文字入りで「All hail King Kazu」(=キング・カズ万歳)とツイート。いかにこの記録が“世界的偉業”だったかがわかります。

プロ野球では、2015年に中日ドラゴンズ・山本昌が「打者1人限定の先発」という形でしたが、NPB史上初の「50歳登板」を達成。これも歴史的快挙でしたが、今回のカズは、当時の山本昌より3歳も上。周りは倍近く年が離れた選手ばかり、という環境で56分間、全力でプレーしたのです。

この試合、横浜FC・下平隆宏監督はカズと共に、42歳の中村俊輔・39歳の松井大輔も同時に先発で起用。「元日本代表トリオ」が、初めて先発でそろい踏みしました。その大ベテラン・中村でさえ、カズより10歳以上も年下なのです。松井は「僕のクラブ内での位置は、カズさんがいることもありますが、若手だと思っています」と語ったほど。ならばアラサーの選手はヒヨッコ同然。カズの存在は、チーム全体を若返らせているのです。

「ただの話題づくりじゃないの?」という声もありますが、いやいや、J1に復帰したばかりの横浜FCには、そんな理由だけでカズを起用する余裕などありません。これは過密日程対策であると同時に、元代表たちの“経験値”を結集して挑もうという「勝つための戦略」でもあり、あくまで戦力として呼ばれたのです。実際に横浜FCは、J1首位を独走する川崎に堂々と渡り合います。

前半、横浜FCは川崎にボールを回され先制点を許しますが、粘り強い守備を見せました。FWのカズも中盤まで下がって守備に参加したり、ときには潰れ役も演じるなど献身的なプレーを披露。「みんなの気持ちを腕章に込めて、責任を持ったプレーをしたいと思った」というカズの気持ちが、チームメイトにも伝わります。

後半開始早々、川崎のルーキー・旗手怜央が2点目を挙げましたが、直後の後半3分、横浜FCも20歳の小林友希がプロ初ゴールを決めて反撃。後半11分にカズは退き、4分後に中村と松井も交代しますが、ベテラン3人の勝利への思いは、後を受けた選手たちにもしっかり伝わっていました。

後半22分、川崎・旗手が再びゴールを決めますが、後半29分、カズからキャプテンマークを引き継いだ佐藤謙介が決め、またしても1点差に迫ります。その後も横浜FCは必死で食い下がり、結局2-3で敗れましたが、首位・川崎と最後まで競り合ったのは大善戦と言っていいでしょう。カズがゲームキャプテンを務めたことで、チームの士気が高まったことも大きかったと思います。

しかしカズは、善戦で満足などしていません。「もっとチャンスに絡んで行きたい。物足りなかったのはある」。たとえお呼びが掛からなくても、次の試合を目標に、ランニングで先頭を走り、コンディションを整え、いつでも試合に出られるよう準備して来たカズ。下平監督はそんな姿を見て来たからこそ、首位・川崎との大事な一戦にカズを起用したのです。もちろん忖度ではなく、勝つために。

カズがいかに、普段から“備えているか”……東日本大震災が発生した2011年3月、復興支援チャリティーマッチとして大阪・長居で行われた「日本代表 VS Jリーグ選抜」に、当時44歳のカズは後半から出場。みごとゴールを決め、超満員のスタジアムを沸かせました。あのゴールは伝説になっています。

試合後、カズは被災した人たちに向けて、こんなメッセージを贈りました。「僕はサッカーで諦めたことはないし、これからも諦めたくはない、という思いを込めてピッチに立ち続けている。だからこそ、いま本当に苦しんでいる人たちには、諦めて欲しくない」……新型コロナ禍のいまも、カズは同じ気持ちで戦っていると思います。

ところであのとき、飛び出して来たGKと至近距離で1対1になったカズは、どこを狙ってシュートを放ったか覚えているでしょうか?……キーパーの顔の右横です。

あるサッカー解説者が、感嘆しながら一言、「あそこに打たれると、キーパーはとっさに反応できないんです。難しい位置から正確に打てたのは、普段からそういう場面を想定して練習をしていたからこそ。カズさんだから、決められたゴールです」。

川崎戦の後、カズはこうコメントしました。「きょうの経験を、次のリーグ戦に生かしたい。リーグ戦に出るチャンスを得るために、チーム内の競争を勝ち取って行けたら……」。

昨年(2019年)、横浜FCが13年ぶりのJ1昇格を勝ち取れたのは、カズの飽くなき向上心、出場機会が少なくなっても決して気持ちを切らさない姿勢が、周囲にも浸透して行った結果だと思います。たとえ試合に出なくても、カズは貴重な“戦力”。横浜FCが、50代になったカズと契約を続ける理由も、そこにあります。

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