巻き込まれたメディア 信頼と言葉
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フリーアナウンサーの柿崎元子による、メディアとコミュニケーションを中心とするコラム「メディアリテラシー」。今回は、「巻き込み力」について---
人を動かす力のひとつ
何かのプロジェクトに携わったときに、私はいつも「巻き込む力」を意識します。巻き込み力とは自分への協力を引き出す能力で、人を動かすコツを知っていることを言います。
特に組織だと、何を成すにも1人では限界があり、相互に足りないものを補って行く必要があります。時折、チームに迷惑をかけないことが大事だと思い、1人で背負い込む人がいますが、時間ばかりが経過してしまい、自分の仕事のみが進まないだけでなく、結局全体の作業がストップしてしまうことも……。「納期に間に合わなかった」となっては元も子もありません。
組織やチームで仕事をするなかでは、先頭に立ち引っ張って行くだけではなく、個々がそれぞれ自発的に参加し、全体でゴールに向かうように促す「巻き込む力」が必要です。リーダーが話す言葉や話し方によって周りを動かして行くという点は、よく話題になるポイントです。ただ、その前に何と言っても信頼関係をつくることが最も重要でしょう。
聴いてくれる人には信頼を寄せる
チームの信頼関係づくりは、相手を個として認識することから始まります。そのためには、それぞれの話を聞くという行為が基本となります。
インタビュアーとして仕事をする私は、“聴く”大切さを経験値で知っているため、相手の発する言葉を受け止め、「この人は何を言いたいのだろう、ポイントは何だろう、どう聞いてあげたら面白さを引き出せるだろう」などと考えています。信用して心を開いてもらえば会話は弾むと思っているからです。
しかし、先日その逆のことが起きました。あるプロジェクトで一緒になった女性に、巻き込まれてしまったのです。いつもは聞き手に回る私ですが、私の話に対して彼女が「へぇー」「そうなんですか?」「面白い!」と反応するので、いつのまにか私が話し手になっていました。「丁寧に話を聞いてくれる人だな」という感覚はありましたが、話はどんどん膨らんで、気が付くと3時間が経っていました。
そこで私は、敢えて彼女に質問しました。「とても楽しく話してしまったわ。どうしてかしら?」……すると彼女はニコニコしながら、「柿崎さんが私の話をちゃんと聞いてくれるので、私も楽しく聞いていたのよ」と答えたのです。話している時間を楽しみ、互いに前のめりで聴くことが、このような不思議な感覚をつくるとは思いもよりませんでした。
私たちはあっという間に打ち解け、信頼できる関係になったことは言うまでもありません。
言い切る言葉の力
人を巻き込むには、言葉の選択も大事なポイントです。会見の例で見てみましょう。
「永久に決別し、影響力を排除します」
日本大学付属病院を巡る背任・脱税事件で12月10日、日大は事件後初めて記者会見を開きました。メインの会見者は加藤直人学長。理事長が不在となったため、学長と理事長を兼務する立場になりました。事件解決に導くリーダーです。
メディアをはじめ、視聴者はリーダーのコメントに注目していました。そこで加藤学長は田中英寿容疑者(当時)と「永久に決別」と述べたのです。メディアはそろってテロップで表示しました。新聞各紙もこの部分が見出しとなりました。それほどインパクトのある言葉でした。
明確に言い切る言葉には力があります。話し手の本気度が示されるからです。“自分は、日大を立て直し、学び舎の信頼を取り戻すリーダーとしてここにいる”という覚悟が見えました。これがもし、「今後は関係を断とうと考えています」程度の言葉であったなら、印象がまったく違っていたでしょう。
「~しようと考えています」や「~のような気がします」では、弱い意志しか感じません。断言することはリスクを抱えることにもなるからです。もし途中でうまく行かなければ、「できると言いましたよね」と言われます。「永久に決別」という言葉には強い気持ちがこもっていました。
感情の高ぶりをさらけ出す
加藤学長はさらに「今後一切、携わることを許しません」とも話しました。「一切」や「許さない」という表現には、「我々は怒っている」という気持ちが表れています。つまり、感情の高ぶりをリーダーが示したのです。
このように当事者が感情を隠すことなくさらけ出す状況は、会見ではあまり見られません。公の場で怒ったり泣き出しても、客観性を重んじるメディアはしらけるだけです。ただ、物事に真剣に向き合う人の決意は、相手の心に響きます。逆にメディア向けにきれいな言葉を並べたところで、気持ちが伴わないと伝わりません。メディアも取り上げる価値がないと判断します。
メディアを前にして、ここまで推敲された言葉を使った謝罪会見は見たことがありませんでした。明確に言い切れるのは、本気だから……。また、それほどに時間をかけて熟考したということでもありました。
巻き込まれたメディア
私は、加藤学長の会見は対応として見事だったと思います。質疑応答でも質問者の言葉を漏らさず聴き、全てに答えようとしていました。この姿勢は記者への心証をよくしたはずです。
過去のアメフト事件の会見と比較しようとした人たちは、少なからずいたと思います。これに対して、日大の進むべき方向と手順をはっきり示したことは立派でした。事実、質疑応答でのメディアの追及は、学長の責任問題や、前理事長のワンマン経営、学生への対応などに限定されたと思います。会見時間は数時間に及んでいましたが、敢えて言えば最初の10分間でメディアは「巻き込まれた」と言えると思います。
利己的だったり、口先だけのテクニックだと感じると、メディアは敏感に反応し抵抗します。スクラムを組んで追及して来ます。今回はその力が緩和されたのではないでしょうか。むしろ学長の言葉に巻き込まれたと私は思います。
事件において、メディアの姿勢は常に批評的です。とは言え大学の未来をつぶそうとは思っていません。やや希望が見えた会見でした。 (了)
連載情報
柿崎元子のメディアリテラシー
1万人にインタビューした話し方のプロがコミュニケーションのポイントを発信
著者:柿崎元子フリーアナウンサー
テレビ東京、NHKでキャスターを務めたあと、通信社ブルームバーグで企業経営者を中心にのべ1万人にインタビューした実績を持つ。また30年のアナウンサーの経験から、人によって話し方の苦手意識にはある種の法則があることを発見し、伝え方に悩む人向けにパーソナルレッスンやコンサルティングを行なっている。ニッポン放送では週1のニュースデスクを担当。明治学院大学社会学部講師、東京工芸大学芸術学部講師。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修士
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