「強制送還」「責任追及」……漢字4文字が醸し出す『脅威』

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フリーアナウンサーの柿崎元子による、メディアとコミュニケーションを中心とするコラム「メディアリテラシー」。今回は、「四字熟語」について---

「強制送還」「責任追及」……漢字4文字が醸し出す『脅威』

ニッポン放送「メディアリテラシー」

天と地の逆転

「ナダル、男子シングルスの頂点に」

2022年最初のテニスの国際大会、全豪オープンテニス。出場することが名誉でもある大会です。今年も南半球のオーストラリア・メルボルンで行われました。

優勝したラファエル・ナダル選手は、グランドスラムの獲得タイトル数が歴代最多の21勝となりました。大会前に前人未到の記録にチャレンジすると言われたのは、この他にノバク・ジョコビッチ選手、ロジャー・フェデラー選手。ともに20個のトロフィーを手にしていました。

しかし、ジョコビッチ選手は舞台に立つことさえできませんでした。ビザが取り消され、出場できなかったのです。ネット上では「強制送還」「国外退去」「身柄拘束」などの文字が踊り、「ジョコ騒動」として大々的に報じられました。それは華々しいトップアスリートとは真逆の、まるで犯罪者のような扱いでした。天と地が逆転したとはこのことでしょう。

「強制送還」「責任追及」……漢字4文字が醸し出す『脅威』

ニッポン放送「メディアリテラシー」

ワクチン接種の免除か否か

コトの経緯を簡単に説明しましょう。ジョコビッチ選手は大会出場のため、1月5日にメルボルン入りしたものの、当初認められていたワクチン接種の免除が許可されず、入国を拒否されます。必要な証明が示されなかったとして、ビザを取り消されたのです。その後、ホテルに隔離されました。

さらに2021年12月に新型コロナウイルスの陽性反応があったことや、陽性判明後にもイベントに出席していたことが明らかになりましたが、一旦は入国が認められ、ジョコビッチ選手は練習を再開します。

しかしその後、年末にスペインへ渡りながら入国書類に事実と異なる記載をしたことが判明。オミクロン株の猛威で感染者が急増しているなかでは、特例を適用することへの国民の反発や、反ワクチン感情を促すことにつながる危惧もあり、大会の前日にビザの取り消しが確定しました。

「強制送還」「責任追及」……漢字4文字が醸し出す『脅威』

ニッポン放送「メディアリテラシー」

四字熟語が醸し出すイメージ

国際大会でのワクチン接種を巡るアスリートの参加問題。連日メディアは「強制送還となる見込み」「隔離施設で身柄拘束」などと報道しました。当時、ジョコビッチ選手はすでにオーストラリア国内にいて、裁判で敗訴したため、国外に出なければならないのは事実でした。

しかし、私にはちょっと違和感がありました。なぜ“強制送還”でなければならないのでしょうか。「すぐにオーストラリアから離れるように求めた」や、「直ちに出国する見込み」ではいけないのでしょうか。強制送還や国外退去、収容施設から即時解放といった言葉は、ルールを守らず抵抗した者、犯罪者に対して使う言葉です。

確かにジョコビッチ選手の取った行動には無理があり、問題が多かったかも知れません。しかし外国人の価値観の違いや、オーストラリアの司法制度には触れず、いきなりの容疑者扱い。仮にも金メダリストであり、最多優勝の実績を持っている選手に対して、日本の報道の仕方は少し行き過ぎのように見えました。

ロイター通信は1月8日の配信記事で、このような記事を掲載しました。

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『テニス=キリオス、ジョコビッチに対する母国の対応批判』

~『ロイター通信』2022年1月8日配信記事 より

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またキリオス選手は、対処の仕方について以下のような疑問を呈しています。

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『私たち(オーストラリア)のノバクの状況への対応はものすごく悪い。テニス界史上最高のチャンピオンの1人ではあるが、結局は彼も人間。もっとうまくやらなければならない』

~『ロイター通信』2022年1月8日配信記事 より

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他国の報道に意見をするつもりはありません。ただ、私は日本での扱いには四字熟語が醸し出すイメージが大いに影響したと思っています。

「強制送還」「責任追及」……漢字4文字が醸し出す『脅威』

ニッポン放送「メディアリテラシー」

聞いてもわからない四字熟語

四字熟語は中国の故事から伝わったものや、二字熟語が結びついたものなど、さまざまな形があります。子どものころの私は、読み方も意味もわからず苦手でした。男子は『三国志』などで漢字に親しみがあるから、女子は『源氏物語』などで“かな”の方が受け入れやすいからだと信じていました。

一方、文字で見るとメリットが理解できました。漢字を使うと一言で表現することができます。言葉に重みや厚みを加えることもできます。効果的かつ効率的です。

しかし、文字ではなく会話の場面で使うと、突如難解になります。例えば「けいえいしさん」と聞いても、「経営資産」「経営試算」「経営私産」などが想像できます。社会人になりたてのころは、「なぜわざわざ難しい言葉を使うのか」と思ったものです。

アナウンサーの新人研修では、「試算」は「試みの計算」と言い直すように教えられましたが、勝手に言い換えてよいのか不安でした。また、「金融緩和」や「過剰債務」など、説明が必要な言葉には苦労しました。インタビューの時間が限られていると、時間を見ながらどこまでかみ砕くか、その判断には骨が折れました。

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ニッポン放送「メディアリテラシー」

表現者としての規範とは

フェイクニュースがネット上で出回るようになってから、世の中には確かな情報と怪しい情報が、何の制限もなく雑然と並ぶようになりました。本当は誠実なニュースであっても、むしろ目に触れにくくなっています。これはメディア側にも責任の一端があるように思います。

例えば「外出自粛要請で首都脱出です」という一言。それ自体は本当に起こっていなくても、アナウンサーが冒頭で使うと、その部分だけが抜き出され、ネットに文字で流れて行く可能性があります。

「いじめ問題で学校に責任追及です」や、「物価暴騰で家計が悲鳴です」のような見出しは、確かにリズムがあります。四字熟語を使い、体言止めに“です”を付ける形式です。ただ、「責任追及」や「物価暴騰」から醸し出される過激な意味合いや、ネガティブな用法には注意したいのです。

視聴者と対話を心がけるべきアナウンサーが四字熟語を並べ、原稿を読む体裁で体言止めの言葉をただぶつける。語りかけるメディアなのに、見出しをただ読むだけというのは違うと思います。短絡的な一言はもちろん、十分に説明された表現かどうか、事実とかけ離れてはいないか、そんなことを常に念頭に置いて言葉を発したいと思います。

伝統的メディアは、表現者として手本を示して行く必要があります。トップアスリートに規範を求める事件を見て、そんなことを考えました。 (了)

連載情報

柿崎元子のメディアリテラシー

1万人にインタビューした話し方のプロがコミュニケーションのポイントを発信

著者:柿崎元子フリーアナウンサー
テレビ東京、NHKでキャスターを務めたあと、通信社ブルームバーグで企業経営者を中心にのべ1万人にインタビューした実績を持つ。また30年のアナウンサーの経験から、人によって話し方の苦手意識にはある種の法則があることを発見し、伝え方に悩む人向けにパーソナルレッスンやコンサルティングを行なっている。ニッポン放送では週1のニュースデスクを担当。明治学院大学社会学部講師、東京工芸大学芸術学部講師。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修士
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