ジャーナリストの佐々木俊尚が9月21日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。親ロシア派武装勢力「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」それぞれの幹部が明らかにしたロシアへの編入の是非を問う住民投票の実施について解説した。
親露派、9月23日~27日にロシア編入を問う住民投票
ウクライナ東部を実効支配する親ロシア派武装勢力の「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」のそれぞれの幹部は9月20日、ロシアへの編入の是非を問う住民投票を9月23日~27日に実施すると明らかにした。ロシア軍が支配する南部へルソン州とザポロジエ州の支配地域でも、同じく9月23日~27日に住民投票を実施すると現地幹部が公表している。
飯田)東部、南部の4州でウクライナ領土の約15%を占めるということです。
住民投票はクリミア併合の成功体験からの発想
佐々木)ウクライナが攻勢を強め、いろいろなところを取り返している状況で、なぜ住民投票を強行するのかと言うと、おそらくクリミア併合の成功体験があるからだと思います。
飯田)クリミア併合の成功体験が。
佐々木)あのときはロシアの部隊を一応投入したのだけれど、表立って軍事作戦だとは表明していませんでした。ロシア軍だということを隠して密かに潜入させていた。結果的に何がロシアにとってよかったかと言うと、大々的な軍事攻勢をかけず、「クリミアに住んでいる人たちはロシアに編入されたがっているのだ」という世論をつくったことによって、うまく併合が進んでしまった。
いまの時代は情報操作の力が重要 ~西側諸国の情報とロシア国内の情報は180度違う
佐々木)それがプーチン大統領の成功体験になっているわけです。最近よく言われているのですが、「シャープパワー」というものがあります。政治学者のジョセフ・ナイ氏が提唱した、ハードパワーとソフトパワーという軍事力と文化の力以外に、もう1つSNSの時代には情報操作の力が重要であると言われるようになってきました。
飯田)SNSの時代には。
佐々木)それをシャープパワーと言うのですが、今回のウクライナ侵攻に対する取り扱いに関しても、西側諸国である我々が新聞やテレビで見ている情報と、ロシア国内でロシアのテレビ局が流しているような情報では、内容が180度違うわけです。
飯田)西側の情報とロシア国内の情報では。
佐々木)よく言われているのは、ロシア国内でもインターネットで西側から情報を得ているような若者たちと、テレビしか観ていないような高齢者層では、見えている世界が180度違うということです。ロシアは世界から酷い目に遭わされていて、ウクライナの人たちはみんなロシアに戻りたがっているのだけれど、「それを許さないNATOがけしからん」というような物語がつくられ、その物語をみんなが信じきってしまっているのです。
飯田)「アメリカの陰謀なのだ」という。
佐々木)我々から見ると「そちらの方が陰謀論だ」と思うのだけれど、向こうから見ると「そちらが陰謀論だろう」という。まったく世界観が違います。そういう場面はロシアのウクライナ侵攻に限らず、至るところにあるではないですか。
安倍元総理への評価も2つに分かれる
佐々木)日本で言うと「安倍さんをどう評価するか」について、左派の人たちが見ている世界観と、そうではない人たちが見ている世界観は180度違う。
飯田)違いますね。
佐々木)私はアベノミクスは道半ばで残念だったと思うけれど、一方で外交や安全保障に関して、安倍さんは非常によくやったと評価しています。しかし、向こうから見ると「日本を戦争に引き摺り込もうとしている人だった」と評価されている。まったく違う世界観になってしまっています。
飯田)左派の人たちとは。
佐々木)以前なら新聞やテレビによって、「両方そういう意見があるけれど、中立的に見るとこのくらいですよ」と、ある程度やんわり軟着陸させるような機能があったと思うのです。
飯田)以前であれば。
佐々木)しかし、21世紀に入ったらメディアがその機能を失い始めて、逆にまるでテロや暴力行為を肯定するような記事を新聞が載せるまでになってしまった。
飯田)それこそ、「お得意の両論併記を行うべきタイミングでしょう」というところですよね。
佐々木)新聞が売れなくなってきたので、極端な右左に振れてしまっているという状況もあるのかも知れませんが、とにかく、新聞やテレビでさえも極端な意見に飲み込まれてしまっている。
飯田)新聞やテレビでさえ。
佐々木)SNSは、まさに極端な意見がダイレクトにぶつかり合う世界なので、「もう少し議論しましょうよ」と言っても、誰も聞いてくれない傾向があります。ますます物語が分離していくという状況が起きている。
中国からのシャープパワーが見えないところで広がっている
飯田)そういう言論空間は、ロシアのようなシャープパワーを使う国にとっては有利なところがあります。
佐々木)少し前に、岸信夫さんをめぐる捏造ツイートがSNSで話題になりました。
飯田)イギリスのロシア大使館がリツイートしたという。
佐々木)まさかこんなものに騙されないだろうと思っていたら、左派知識人で有名などこかの大学の先生がすっかり騙されてリツイートしていましたが、そんなレベルです。
飯田)そうでした。
佐々木)一方で、中国がやっているのではないかという説は前からあります。先の自民党総裁選で岸田さんが当選しましたが、あのときに北京発の書き込みが多かったということを、公安調査庁発の匿名コメントで紹介するという衝撃的な記事が日経新聞に出ていました。
飯田)高市さん支持者のなかで、他の候補に対して口汚く罵るような書き込みがあり、おそらく日本のアカウントではないものだったと。
佐々木)どうも北京時間の9時~17時の間に行われていて、公務員だから9時~17時なのだというような。
飯田)そこはきちんと時間を守っている。
佐々木)シャープパワーが見えないところで広がっているのではないかという感じがします。
日本語も翻訳機のレベルが上がり、流暢に読めるように
飯田)以前だと、日本語は言語として難しいから騙しにくいと言われていましたが、テクノロジーが壁を越えてきますか?
佐々木)レベルが上がってきて、機械翻訳でも滑らかな日本語訳になってきています。
飯田)DeepL翻訳など。
佐々木)ああいうものを使うと、わかりやすい綺麗な日本語でいい加減なデマを送り込んでくるということも起き得ると思います。
飯田)流暢な日本語で。
ストーリーが世界を滅ぼす ~我々のDNAのなかに「狩猟採集時代の共同体の善と悪の物語」が根付いてしまっている
佐々木)8月くらいに東洋経済から『ストーリーが世界を滅ぼす』という面白い翻訳本が刊行されました。みんな島宇宙化されてしまい、物語に飲み込まれて世界がおかしくなってくるということを書いている本です。普通、物語は人生を豊かにするものだと思われているではないですか。しかし、そうではないのだと。
飯田)おかしくしてしまう。
佐々木)例えばアメリカでは、ハリーポッターを読み過ぎたせいで、左派の人たちが保守系を攻撃しているそうです。要するに、「善が悪を倒す」という物語なわけです。そのなかで、自分たちは善であり、悪が保守派という考え方になってしまっている。なぜ善悪二元論になってしまうのかと言うと、狩猟採集時代からの我々のDNAではないかと、この本には書いてあります。小さな100人くらいの共同体で、外部は全員敵であり、その敵と獲物を争う。だから内部を結束させて、共同体の秩序を乱すような者を退治しなければいけない。
現代社会は巨大化し、誰が善で誰が悪かわからない
佐々木)そこで善と悪という発想が生まれた。しかし、100人くらいの共同体であれば外部を排除して、共同体の和を乱す者を放り出すということは成立したのだけれど、地球人口は70億人もいて、日本だけでも1億2000万人が住んでいます。そのなかで、誰が善で誰が悪かなどわからないではないですか。どうつながっているのかも不明です。
飯田)これだけ巨大になると。
佐々木)それなのに、未だに我々のDNAのなかには、狩猟採集時代の共同体の善と悪の物語が根付いてしまっている。『スター・ウォーズ』もそうですが、いまの物語は神話構造と言われる、古代から伝わる神話累計のなかの1つだと言われます。『ドラゴンクエスト』のようなゲームもそうです。やはり我々のDNAのなかには「善と悪の物語」が刻みつけられてしまっているから、どうしてもすぐ悪をつくりたがるのだという。
飯田)物語というものは「人間にとって大きく結束させる発明だ」と、ユヴァル・ノア・ハラリが『サピエンス全史』で書いています。
佐々木)結束させるのは、100人くらいの共同体ならよかったのだけれど。
飯田)大きくなり過ぎたし、つながり過ぎている。
佐々木)逆に言うと、共同体が小さくなってしまう、島宇宙化してしまうという問題も起きるのではないかと思います。
番組情報
忙しい現代人の朝に最適な情報をお送りするニュース情報番組。多彩なコメンテーターと朝から熱いディスカッション!ニュースに対するあなたのご意見(リスナーズオピニオン)をお待ちしています。