それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
本屋さんや文具店に、2023年版の手帳やカレンダーが並び始めました。最近あまり見かけなくなったのが「日めくりカレンダー」です。毎日紙をめくる手間が、いまの忙しい時代に合っていないのでしょうか。
そんななか、ユニークな「日めくりカレンダー」が話題を呼んでいます。その名も『日ねくれカレンダー』。
何が「ひねくれ」かと言うと、日付がクイズ形式になっています。例えば、「足を骨折しました」の文字の下に「電話マーク」と数字の「1」、そのあとに空欄が2つ。ここに数字を入れて、その日は「19日」(119)……など。
他にも「視力検査表」があって、いちばん下の隅っこの数字は?……目を細めてやっと見え、その日が「31日」だとわかります。1年365日がこのような「ひねくれた」クイズになっていて、問題を解かないとその日が何日かわからないのです。
『日ねくれカレンダー』は、いまから10年前の2012年、デザイナーの澁谷和之さんによってつくられました。デザイナーと聞くと、東京・原宿あたりに事務所を構えているのかと思いきや、「澁谷デザイン事務所」は秋田県美郷町にあります。
事務所の周辺は田園が広がる仙北平野で、「あきたこまち」の産地です。冬が訪れると町は雪で覆われます。人口は2万人弱。農業がメインの地で、どのようなデザインの仕事があるのでしょうか?
澁谷和之さんは1980年生まれ、秋田県美郷町出身の42歳です。宮城大学で建築デザインを学んだあと、東京の広告代理店に就職。グラフィックデザイナーになりますが、「毎日がスピード感に溢れて、ロボットのように働いた」と言います。「自分のデザインがどれだけの人を笑顔にしたのか?」と、東京での仕事に疑問を感じていました。
2009年春のこと、秋田の父が病気で亡くなります。それを機に会社を辞めて、ふるさとに帰ろうと決意した澁谷さん。
「まわりから『秋田に帰ってデザインで食えるの? 仕事はあるの?』と心配されましたね。私もすぐにデザインで食えるようになるとは思っていませんでした」
秋田に戻った1年はパソコンにほぼ触れず、畑の土いじりから始めました。
「食うもんつくれたら死なねえべぇ……と思ったんです。土に触れていると、人の生活が素直に感じられるようになりましたね。『近所のおばあちゃんがつくっている野菜が、道の駅でいっぱい売れたらいいな。土に触れながらデザインで地域の力になれないかな』などと考えていました」
冬は除雪作業、夏は草刈りと、地域の活動にも積極的に参加した澁谷さん。地域に溶け込むことで、地域に密着したデザイナーとしてやっていきたい……そんな想いで独立し、「澁谷デザイン事務所」を開きました。
「10年ほど前はスマホがどんどん普及し始めたころで、スマホがあればカレンダーも腕時計もいらない。『それでいいのかな』と思っていたんです。そんなときに思いついたのが『日ねくれカレンダー』でした」
独立したものの、暇を持て余す毎日。時間はたっぷりあったので、365日分の問題とデザインを、すべて澁谷さんが1人で考えました。こうして完成した限定300部の『日ねくれカレンダー』は無事完売します。
デザインを楽しんでもらうのが目的だった『日ねくれカレンダー』はこの年で終了しますが、こういった活動が話題を呼び、澁谷さんは東北を中心にパッケージ・ポスターのデザイン、イベント企画、冊子の編集・デザイン、郷土玩具づくりなど、さまざまな形のデザインを手がけるようになりました。
さらに、「国語・算数・理科・デザイン!」を合言葉に、子どもたちにも普段からデザインに触れて欲しいと、教育活動にも取り組んでいます。
2012年版『日ねくれカレンダー』の販売から、ちょうど今年(2022年)で10年。「あのカレンダー、面白かったよ!」「また出してよ!」という多くの声もあって、再び『日ねくれカレンダー』の制作を始めた澁谷さん。
今回は県内外の公民館や小学校、アートスペースなど、18ヵ所を4ヵ月かけて回りながら、みんなにアイデアを考えてもらう……そういったワークショップを開いてカレンダーの制作を進めてきました。全国からもインターネット上でアイデアを募り、2023年版の『日ねくれカレンダー』がこのほど完成しました。
ちなみに、元日と大晦日は澁谷さんが考えた問題で、それ以外の363日は、2歳~90代までの作品が並んでいます。
『日ねくれカレンダー』をめくるたび、澁谷さんと363人のひねくれた問題にニヤッとしたり、「なるほど!」と感心したり、「そうきたか!」と笑ってしまいます。
■澁谷和之さんのブログ「泣いた“なまはげ”の天気読み」
http://blog.livedoor.jp/akitanamahage/
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