ゼレンスキー大統領がこのタイミングで訪米する「狙い」とその「演出力」

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東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠が12月22日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。ゼレンスキー大統領の訪米について解説した。

ゼレンスキー大統領がこのタイミングで訪米する「狙い」とその「演出力」

ホワイトハウスを訪れたウクライナのゼレンスキー大統領(左)の肩に腕を回すバイデン米大統領(アメリカ・ワシントン)=2022年12月21日 EPA=時事 写真提供:時事通信

ウクライナのゼレンスキー大統領が訪米、バイデン大統領と首脳会談

ウクライナのゼレンスキー大統領が現地12月21日、アメリカの首都ワシントンを訪問し、バイデン大統領と首脳会談を行った。ロシアによる軍事侵攻が始まって以降、ゼレンスキー大統領が海外を訪れるのは初めて。バイデン大統領は迎撃ミサイル「パトリオット」の供与を含む18億5000万ドル(約2440億円)規模の新たな軍事支援を発表するとしている。

ゼレンスキー大統領がこのタイミングで訪米しなくてはならないいくつかの理由

飯田)ゼレンスキー氏はアメリカの支援に謝意を表明しており、バイデン氏側は軍事支援について伝達したようです。21日の朝方に速報が入って、急転直下というような感じでしたけれども、どうご覧になりましたか?

小泉)私も驚きました。この戦争が始まってから、ゼレンスキー大統領は1回も国を離れていません。今回、海外に出たことで「いよいよ出るのか」という感じではありましたし、直前には激戦地バフムトを訪れ、兵士たちを激励しているのです。

飯田)バフムトで。

小泉)「バフムトまで行ったんだな。前線まで行って、相変わらず度胸があるね」という話をしていたのですが、今度はアメリカに行くというので、ものすごい機動力ですよね。

米議会のメンバーが入れ替わる前に「援助の継続」を念押しする

小泉)そういうこともあって、なかなかゼレンスキー氏の動きは読めないという感じはします。ここでゼレンスキー氏がアメリカに行っておかなければいけなかった理由は、いくつかあると思います。1つはアメリカ中間選挙で共和党が勝ったことです。

飯田)下院のマジョリティを獲りました。

小泉)そうなると「これ以上、ウクライナ支援をこの規模で続けるのですか?」という声が強まるのは明らかです。それに対して、いまの議会のメンバーが入れ替わる前に訪れ、まずは「引き続きお願いしますよ」と念押ししてきたのだと思います。

バイデン大統領に届けた勲章

小泉)相変わらずパフォーマンスがうまいなと思うのは、直前にバフムトに行き、ゼレンスキー大統領がアメリカからもらった「ハイマース」というロケット砲の部隊の隊長に勲章をあげようとしたのです。しかし、その隊長の方が「これはバイデン大統領にあげてくれ」と勲章を返しているのです。

飯田)自分にではなく。

小泉)それを本当にホワイトハウスまで持って行って、「あなたが送ってくれたロケット砲部隊の隊長が、この勲章をあなたにと言っています」と渡してくるという。ちょっと出来すぎな感じはするのですが。

飯田)ずいぶんと芝居がかっている感じがしますけれども、うまいですね。アメリカ人に刺さりそうな内容です。

小泉)このパフォーマンスが本当にうまかった。

これまで手に入らなかった「パトリオット」の供与も実現

小泉)もう1つは今回、これまでウクライナが「欲しい」と言いながら手に入れられなかった「パトリオット」を、ついにアメリカが供与してくれることになりました。

飯田)パトリオットを。

小泉)これから冬にかけて、ロシア軍の大きな攻勢が予測されるわけです。より大規模な軍事支援が求められるので、パトリオットも含め、従来から供与している兵器の延長供与ということだったのですが、実際には他にもいろいろ要求するのではないでしょうか。

ゼレンスキー大統領がこのタイミングで訪米する「狙い」とその「演出力」

ウクライナのゼレンスキー大統領(ウクライナ・キーウ)=2022年11月26日 EPA=時事 写真提供:時事通信

アメリカの政府専用機でアメリカへ行ったゼレンスキー大統領 ~「アメリカが全面的にバックアップしてゼレンスキー大統領をワシントンまで連れてくる」というキャンペーン

小泉)ゼレンスキー大統領は2021年にも訪米しています。

飯田)ロシアによるウクライナ侵攻が起こる前ですか。

小泉)そうですね。今回の訪問は「アメリカの招待で」という建て付けです。戦時下なので、ウクライナの政府専用機、つまりウクライナ空軍機が無事に出られるかわからないこともあり、アメリカが飛行機を出したのかも知れませんが、アメリカの政府専用機がキエフの空港に降りたのかどうかなど、気になるところではあります。「アメリカが全面的にバックアップしてゼレンスキー大統領をワシントンまで連れてくる」というキャンペーンだったことは間違いありません。

飯田)政府専用機を出すとなると当然、援護も必要です。その部分をどこの国の戦闘機が行ったのかなど。

小泉)そこも気になりますね。おそらく、キエフかポーランド辺りかはわかりませんが、あそこまで行ってしまえばNATO加盟国なので安全圏です。その意味でも、本当にアメリカの同盟国の目の前で行われている戦争だから、ということもあると思います。

いつものラフな恰好でホワイトハウスを訪れたゼレンスキー大統領の演出力

飯田)ゼレンスキー大統領がどういう格好をするのかも気になっていましたが、いつものラフな格好でした。

小泉)ゼレンスキー氏は、私が知っている限り、開戦の翌日からあの格好になって以降、1回もスーツを着ていないのです。

飯田)そうなのですね。

小泉)「私は戦時下のリーダーである」ということを強く打ち出していて、たぶん戦争が終わるまであの格好をやめる気はないでしょうね。あの格好のままワシントンに来て、ホワイトハウスのオーバルオフィスで会談するというのは、カメラ的にも目立つし、強烈なアピールにもなります。この点でも彼の発信力はすごいなと思います。

政治的思考のある芸能プロダクション社長のゼレンスキー大統領ならではのプロデュース力

飯田)誰か指南役がいるのですか?

小泉)1つは、ゼレンスキー氏自身が優れたコメディアンであり、ドラマ俳優でもあったということです。彼自身のセンスは当然あると思います。もう1つは、ゼレンスキー氏は『クバルタル95』という芸能プロダクションの社長でもあるのです。

飯田)事務所の社長なのですね。

小泉)芸能プロダクションから幹部を大統領府にも連れてきているので、彼の政権チーム自体がある程度、芸能プロダクション的に運営されている部分はあると思います。普通の政治家のセンスからは出てこないような大胆な演出ができるのは、たぶんそこだと思います。

飯田)なるほど。しかも、ただの出役ではなく、社長を務めていたということは、ある意味でプロデューサー能力が高いということですか?

小泉)そうですね。もう1つ、『クバルタル95』のお笑いというのは、政治風刺ドラマのようなものを含んでいたので、もともと政治的な思考がある芸能プロダクションを彼自身が運営したということなのです。日本でも「ザ・ニュースペーパー」という、テレビに出せないお笑い芸人の方々がいるではないですか。ああいう感じのお笑いもやっていたのです。

昔ながらの大軍を投入する古臭い戦争の一方で、活きている情報戦 ~1個機甲師団に匹敵するニュースの力を上手に操るゼレンスキー大統領

飯田)情報戦が重視されるなかでは、ハマったところがあるわけですか?

小泉)そうだと思います。今回の戦争は、古臭く大軍を使い、多くの火力を投入して、民間人も犠牲にしながら戦う戦争です。つまりは第一次世界大戦や第二次世界大戦のような戦争である一方で、やはり我々は2022年に生きているわけです。

飯田)当時とは違う。

小泉)昔なら「戦争だから民間人が1万人~10万人死ぬのは当たり前」だと思っているけれど、2022年の現在、とてもそんなことは認められません。また、兵士が戦地で多少の略奪を働くことも、昔であれば見て見ぬふりをされていたけれど、「もうそれは許さないぞ」と規範が大きく変わっているわけです。

飯田)いまは。

小泉)人々に対して「戦場でこんなに酷いことを敵側は行っています」という話をするときの効果が、100年前の戦争と比べると大きく上がっているのです。こういう話に米軍は1980年代くらいから気が付いていて、ある米軍の理論家が「そのうち夕方のニュースが1個機甲師団と同じ力を持つようになる」と1980年代に言っていました。

飯田)1980年代に。

小泉)実際、いまゼレンスキー氏が行使しているのは、1個機甲師団に匹敵するニュースの力です。彼は以前からテレビ業界の人間としてそれに気が付いていて、国家のリーダーになった現在、フルに使っているのだと思います。

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