トラス前英首相がG20に代わる枠組みとして提唱する「経済版NATO」

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東京大学先端科学技術研究センター特任講師の井形彬が2月27日、ニッポン放送「新行市佳のOK! Cozy up!」に出演。2月25日に閉幕したG20財務相・中央銀行総裁会議について解説した。

トラス前英首相がG20に代わる枠組みとして提唱する「経済版NATO」

英新首相に就任するエリザベス・トラス氏 2022年9月5日撮影(ゲッティ=共同) 写真提供:共同通信社

G20財務相・中央銀行総裁会議が閉幕 ~「共同声明見送り」4回連続

インド南部のベンガルールで開催されていたG20財務相・中央銀行総裁会議が、2日間の討議を終えて日本時間2月25日夜に閉幕した。ウクライナ侵略を強く非難し世界経済に及ぼす影響を懸念する日本や欧米などに対して、ロシアと中国が反対を示したことから議論成果となる共同声明はまとまらなかった。

G20や国連の枠組みが機能しない ~中露が反対、拒否権を発動して議論させない、採択させない

新行)議長国のインドが行った議長総括では、反対した国がロシアと中国だったことを名指しして指摘する異例の措置になりました。G20財務相・中央銀行総裁会議が共同声明の採択を見送ったのは、2022年4月の会議以降4回連続になります。どうご覧になりましたか?

井形)G7・G20と2つありますが、一般的に、政治や安全保障に関することはG7、経済に関してはG20で議論しようということで進んでいました。しかしG20において、中国とロシアがいろいろと反対し、実際に4回連続で共同声明の採択を見送っています。

新行)中露の反対で。

井形)国際枠組みとして機能していたものが、あまり機能しなくなっているという一例だと思います。

新行)これまでは機能していたものが。

井形)G20もそうなのですが、国連の安全保障理事会も結局は中国とロシアが入っているため、最近は自分たちの行為に関して何か言おうとしても、拒否権を発動して何も議論させない、採択させない動きになっています。非常にまずい状況ですね。

クアッドやAUKUS、IPEFという新たな枠組み

新行)このような枠組みに対して、各国はどう考えているのでしょうか?

井形)欧米諸国に関しては、既存の枠組みでは難しいので、新しい枠組みをつくろうという動きが進んでいます。日本・アメリカ・オーストラリア・インドの4ヵ国で構成される「クアッド」や、オーストラリア・イギリス・アメリカの3ヵ国で協力する「AUKUS」、また「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」もあります。

トラス氏の提唱する「経済版NATO」 ~G20に代わる協力枠組み

井形)先日、イギリス前首相のリズ・トラスさんに東大で講演していただきましたが、そこでは「G7プラス」……「プラス」にはG7に加えて、民主主義国であるオーストラリアや韓国、その他の同志国を入れた「新しい枠組みをつくるべきだ」ということを提唱されていました。

新行)その枠組みについて「経済版NATOだ」と言及されていますが、具体的にはどういうことでしょうか?

井形)トラスさんは、経済安全保障や外交政策に関する専門家です。首相時代は国内の経済政策ばかりに注目されてしまいましたが、それ以前、貿易担当大臣や外務大臣のときには、他国からの経済的威圧にどう対抗していくべきなのかを語っていました。あるいは中国が世界中で行っている一帯一路のように、「さまざまなインフラをつくる」と言いつつ、実は債務の罠として借金漬けにされてしまうという状況にならないよう、「民主主義国同士で重要なインフラを、第三国に対して輸出することに協力すべきだ」と。経済でつくる新たな枠組み、G20に代わるフォーラム、協力枠組みのようなものを「経済版NATO」と説明していました。

新行)そこにはどのような国が入るのですか?

井形)オーストラリアや韓国は外せません。またトラスさん自身は、シンガポールなども先端技術を持っているので、必ずしも民主主義国ではないけれど、入る必要があると言っていました。

「軍事的な面」「経済的な面」「価値観の面」 ~民主主義の価値観を守れる国同士で「経済面でも安全保障面でも協力していきましょう」という枠組みをつくる

新行)逆に、入らない国はどのような国なのですか?

井形)私は講演のときに、「G7プラス」と言ってしまうとどこが入り、どこが入らないかがクリアになってしまうけれども、「そこはどうなのですか?」ということを聞きました。それに対して、「積極的に協力したいと言ってくれる国に関しては、できるだけウェルカミングな形で進めていきたい」という少し濁した返答でした。

新行)枠組みをつくるにあたって、判断基準がどうなのかは気になりますよね。

井形)「最終的に(基準は)どこか」を考えると、「軍事的な面」と「経済的な面」、「価値観の面」の3つに大きく分けられると思います。経済的な面は、短期的に利害関係が変わってしまいますし、軍事的なものに関しても、中期的には変わってしまう可能性があります。

新行)軍事的にも。

井形)そう考えると、最終的に国として友達なのかそうでないかを決めるのは、価値観だと思います。例えば「主権を守ろう」、「人権を守ろう」ということや、シンガポールは外れるけれども「民主主義を守ろう」など、同じような価値観をできるだけ多く共有する国々で一緒になる。そして、「経済面でも安全保障面でも協力していきましょう」というような枠組みになっていくのではないかと思います。

トラス前英首相がG20に代わる枠組みとして提唱する「経済版NATO」

北京で、記念撮影に応じる中国の習近平国家主席(右)とロシアのプーチン大統領(中国・北京) AFP=時事 写真提供:時事通信

「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」にも出席したトラス氏 ~世界の企業が自分たちのサプライチェーンから強制労働を排除するための法律をつくるべきである

新行)トラスさんは「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」の会合にも出席するため来日していたそうですが、人権問題に対する関心もかなり高いですよね。

井形)トラスさんに加えて、オーストラリアのスコット・モリソン元首相も来日しました。また、イギリスがブレグジットしたときにEU側の交渉代表だったベルギーのフェルホフスタット元首相も出席し、カナダや台湾、イギリスなどの各国議員が日本の議員と一緒に、「どうすれば人権をより守っていけるのか」などを1日議論しました。

新行)どのような内容になりましたか?

井形)大きく分けると、人権侵害で制裁を加えられる「マグニツキー法」を通すべきであること。また日本企業、世界の企業が「自分たちのサプライチェーンから強制労働を排除するための法律をつくるべきである」ということなどが論点になりました。

すべての国が一堂に会して議論する場としての国連は残しておくべき

新行)新宿区の“ヒデヤ”さんからメールが届いています。「国連の無力さと、常任理事国が戦争の当事国であることに憤慨しています。現在の状況では国連を解散して、新たにすべての国が平等な立場の組織をつくり直した方がいいと思います」といただきました。国連を解散する、「いまある枠組みを解体してしまう」ということについてはいかがですか?

井形)気持ちはよくわかるのですが、200ヵ国規模の国が入っている組織を一気に解体するには、大きなコストが掛かります。

新行)解体するには。

井形)また、確かに重要性は下がってきていますが、「要らないか」と言えば、やはりある程度の機能は果たしていると思うのです。すべての国が一堂に会して議論するフォーラム、しかも恒常的に行えるフォーラムを一度なくしてしまうと、再びつくる際にものすごくコストが掛かります。何でも解決できる場所ではありませんが、少なくとも「話し合えるフォーラム」として残しておくことは必要ではないかと思います。

新行)1度ゼロにしてしまうと、もう1度つくるのも大変ですし、議論のテーブルをつくっておくことが大切ですね。

井形)さらに言うと、「また新しくつくります」ということはできない気がするのです。中国やロシアが「ああしろ、こうしろ」と言ってきますし、日本やインド、グローバルサウスもそれぞれ「こうして欲しい」という話が出るかも知れません。議論しながら何もできない状態になってしまう可能性があります。

G7議長国の日本に経済安全保障の分野で期待する各国

新行)クアッドやIPEFなど、いろいろな枠組みがあるなかで、日本の役割として期待されている部分はどんなところでしょうか?

井形)経済安全保障の分野において、日本に対する期待は高いです。IPACの会議があって、トラスさんの講演会が行われた翌日の2月20日にも、とある会議がありました。イギリスやカナダなどの議員や、日本の大臣レベルの方々が出席していて、私も同席させていただきました。

新行)そうだったのですね。

井形)ドイツ、イギリス、カナダの3名の方々が口を揃えて言っていたのは、2023年のG7議長国である日本に、日本の経済安全保障政策をG7の他の国でも進め、さらには「経済安保協力をG7で進めていって欲しい」というメッセージをぜひ入れてもらいたいということでした。

自国にも日本の経済安全保障推進法が欲しいと思う各国 ~サプライチェーンを中露から別のところへ移す際、政府が補助金を入れて民間を後押しする

新行)日本の経済安全保障は、どんなところが評価されているのでしょうか?

井形)2022年5月に経済安全保障推進法という、かなり包括的な法律が通りました。特定の権威主義国にサプライチェーンを依存しすぎると、何か外交上の問題があったときに「エネルギーや食料、半導体を止める」ということをやられてしまう。それでは困るので、できるだけ長期的にみて中国やロシアへの依存を減らしていこうとされています。

新行)長期的に。

井形)それを減らす際、民間だけにお願いしても「中国の方が安い」とか、「ロシアの方とずっと取引していたから」ということになってしまうのですが、経済安全保障推進法により、場合によっては政府が補助金を入れて、サプライチェーンを別のところに移すことができるようになったのです。

新行)経済安全保障推進法によって。

井形)他国の政府からすると、「うちもそういう法律が欲しい」という方向になるわけです。なぜかと言うとヨーロッパの国々は、中国とロシアにいろいろな分野でかなり依存してしまっています。そのため、政府が民間を後押しできるような法律はぜひ通したいと思っているようです。

中国に対する見方が厳しくなってきているヨーロッパの企業や政府

新行)ヨーロッパは中国と、経済的な面においては比較的中立ではないかという見方があるなかで、そのような議論が出ているのですか?

井形)そうですね。むしろ中立になってきた点が重要だと思います。数年前までは、中国と「経済的には一緒に儲けていこう」という立場だったのです。日本も基本的にそういう立場だったではないですか。

新行)そうですね。

井形)場合によっては、いまも経済的に「貿易を続けられるところは続けていこう」という立場を、どの国も取っているとは思います。ヨーロッパの経済界であっても、中国に対する見方は厳しくなっていますし、政府も見方を厳しくしています。いまは中国に対する懸念の声の方が、若干強くなってきているのではないでしょうか。

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