総務省「行政文書」問題の陰で……量子コンピュータの発言
公開: 更新:
「報道部畑中デスクの独り言」(第322回)
ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、国産初の「量子コンピュータ」について---
理研=理化学研究所などが開発した国産初の「量子コンピュータ」が3月27日に稼働しました。2021年春、量子コンピュータの開発拠点が埼玉県和光市の理研内に開設されてから約2年、ようやくここまできたという感慨があります。
量子コンピュータとは……2年前に小欄でもお伝えしましたが、一言でいうと「量子」という粒子と波の性質を併せ持った物質やエネルギーを使い、これまでと全く次元の違う計算能力を持つコンピュータです。
通常のコンピュータは二進法……情報を「0」と「1」の2つの状態のいずれかに変換して計算します。例えば10ビットの情報であれば2の10乗=1024通りの計算が必要です。一方、量子コンピュータ(量子ゲート方式の場合)は量子の「重ね合わせ」という性質により、「0」と「1」両方の状態を同時に表現できるため、理論上、1024通りの計算を一気に処理できるというわけです。
その計算の速さは以前、アメリカのGoogleが行った実証実験で、スーパーコンピュータで1万年かかる計算問題を、量子コンピュータは3分20秒で解いてしまったことが話題となりました。その「異次元」さがおわかりいただけると思います。
応用が期待される分野としては、科学計算はもちろんのこと、材料開発、創薬、金融や経済の予測と多岐にわたります。インターネットのように生活を一変させる可能性もあると言われています。
量子コンピュータの肝となるのは「量子ビット」と呼ばれる情報の基本単位。今回稼働した国産1号機の量子ビット数は64ですが、共同通信などの報道によれば、一部に不具合があり、現状で正常に動いているのは53量子ビット。複雑で大規模な計算に耐えるには100万量子ビットが必要とされています。
また、現状では温度変化や振動で計算エラーが起きやすいとも言われています。まずは使ってみて、計算方法、活用方法の改善につなげていくところから始まります。そういう意味では、まさに“未来への第一歩”と言えるでしょう。
量子コンピュータの世界は国際的な開発競争が激しくなっています。とりわけ、アメリカとの違いについて、開発チームを率いる理研の中村泰信研究センター長は、2年前の記者会見でこのように話していました。
「カルチャーというのが大きなところ。将来の未知なところに踏み込んでいくダイナミズム、そういう姿勢がアメリカの強みと思う」
GAFAと呼ばれる巨大IT企業の出現も、そうしたダイナミズムによるものでしょう。一方、日本はどうでしょうか。当時の関連ベンチャー企業の関係者からも、「有望と思えばポンと大枚をはたくところが日本にはない。目利きがいない」という声が聞かれました。
国産初の量子コンピュータが稼働した翌日の28日、閣議後の各閣僚の記者会見で、私は高市早苗経済安全保障担当大臣の会見に出席しました。高市氏と言えば、総務省の「行政文書」をめぐる問題の渦中にあり、この日も問題に関する質問が記者から繰り出されました。
一方、高市氏は科学技術担当の大臣でもあります。私は国産初の量子コンピュータが稼働したことについて質しました。
「わが国もようやく国産の実機を保有することができた。バイオ、インフォ領域で産業領域間の融合が促進され、産業の成長機会の創出、社会課題の解決に大いに貢献することを期待する」
このあたりはいかにも官僚的な回答でしたが、この分野で日本はどのあたりにいるのか、政治家はどういう認識でいるのか、私は関心がありました。
「わが国はまだまだ追い上げていかなくてはいけない。将来に向けた重要な成長投資である。量子を制する国が世界を制するぐらいの激しい国際競争のなか、まずは初号機、性能向上を含めてまだまだチャレンジを続けていかなくてはいけない段階だと思う」
高市大臣の回答は、厳しくも時宜を得た正しい現状認識と言えるでしょう。行政文書の問題がなければ、この発言は一定のニュースバリューはあったものと思います。ニュースでは1つの記者会見ばかりを取り上げるわけにはいきませんが、会見ではさまざまなテーマについて、質問が飛び交います。この日、こうしたやり取りもあったのです。
技術者の研鑽はもちろんですが、政治家、メディア(自戒を込めて)が、科学技術に深い理解を持てるか……「目利き」でいられるかどうかも、国産量子コンピュータ成否のカギを握っていると思います。(了)
この記事の画像(全3枚)