中小企業の向かうべき道は? 財界幹部に聞く

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「報道部畑中デスクの独り言」(第323回)

ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、中小企業の向かうべき道について---

【春闘集中回答日】春闘の集中回答日を迎え、回答状況をボードに書く「JAM」の職員=2023年3月15日午後、東京都港区 写真提供:産経新聞社

画像を見る(全5枚) 【春闘集中回答日】春闘の集中回答日を迎え、回答状況をボードに書く「JAM」の職員=2023年3月15日午後、東京都港区 写真提供:産経新聞社

今年(2023年)の春闘=春の労使交渉は、先月(3月15日)に大手企業の集中回答日を迎えました。回答日を待たずに「満額回答」をする企業もあり、例年とは違う高い賃上げ水準となりました。

回答日の夕方には政府、経済界、労働団体の代表とのいわゆる「政労使会議」が8年ぶりに開催されました。実際には「意見交換」という形で催されましたが、経団連の十倉会長、連合の芳野会長からは前向きなコメントが相次ぎました。連合から発表された初回集計の賃上げ率は平均で3.80%。これは29年ぶりの水準だということです。

「非常に勇気づけられる、いい出だし。30年ぶりの機運が高まっている。構造的賃上げ、持続的賃上げ、それに向けての起点の年だ」(経団連・十倉雅和会長)

「いまの段階では状況はいい方向に向かっている。この流れを中小のところまで継続できるようにしていきたい。賃上げは今年で終わるものではなく、来年にもこの流れを引き継いでいきたい」(連合・芳野友子会長)

さらに、金属産業の労働組合が結集する金属労協が発表した3月末時点の中間集計では、回答の出た1342の組合のうち、8割以上が賃上げを獲得しました。賃上げの平均額は5647円。金属労協の金子晃浩議長は記者会見で、「立ち上がりでは大変いい機運を高めることができた。中小においても引き続きそうした機運が継続し、例年にないレベルでの広がりをみせている」と評価した上で、「まだまだ半分以上の組合が交渉に臨んでいる」として、今後の流れに期待を示しました。

一方、金属労協の一員で、中小企業を中心とするJAM=ものづくり産業労働組合の安河内賢弘会長は、今回の状況を「歴史的な回答」と評価しながらも、その内情は複雑であると明かします。

金属労協、春闘集中回答日の記者会見(3月15日撮影)

金属労協、春闘集中回答日の記者会見(3月15日撮影)

「獲得金額は1000円から3万円まで非常にばらつきが大きい。昨今の状況、人出不足の状況などを勘案し、しっかりと応えていただいた企業が多数ある一方で、なかなか価格転嫁が進まない状況で厳しい経営を強いられ、応えることができなかった企業も複数みられる」

春闘はまだ“現在進行形”の状況ですが、今年は中小企業の賃上げが大きく注目されたことは間違いありません。ただ、中小企業にとっては賃上げだけではなく、企業のあり方と言いますか、さまざまな課題も浮き彫りになったと言えます。

今回、多くの中小企業を会員に持つ東商=東京商工会議所の副会頭で、中小企業委員会の大島博委員長に話を聞く機会を得ました。

東商は多くの中小企業を会員に持ちますが、そのなかでも、政策提言の中核となる組織が中小企業委員会です。大島委員長は「社会環境が急変しているなかで、中小企業を取り巻く課題は山積だ」とした上で、課題の1つ、価格転嫁の現状を語ります。

「受注単価以上に仕入れ単価、販売管理費が上昇している。コスト増に伴うさらなる収益圧迫が、事業継続にも大きな影響を及ぼしている。成長を目指す企業の足かせにもなっている。価格転嫁は厳しい状況だ。まだこの影響は続くのではないか」

喫緊の課題はやはり価格転嫁。商工会議所の全国組織である日商=日本商工会議所の調査では、発注側企業との価格協議が「できている」と答えた企業が72.9%と増えてはいるものの、「できていない企業」は16.9%、まだ「6社に1社」存在する格好です。

「賃上げの原資は利益にある。価格転嫁をして、利幅をとってその上で賃上げしないと、切羽詰まっている中小企業も多いと感じている」

また、2月に全国の中小企業に行った日商の調査では、今年度賃上げを予定している企業は全体の6割近くに達し、前年度より10ポイント以上上昇しました。しかし、それらの企業のおよそ6割は、業績改善が乏しいなかでの、いわゆる「防衛的賃上げ」をせざるを得ない状況にあります。こうしたことが解決されないと、政府が掲げる「持続的な賃上げ」にはつながらないと言えます。

東商・大島博副会頭(千疋屋総本店社長)

東商・大島博副会頭(千疋屋総本店社長)

続いての課題はデジタル化。DX=デジタル・トランスフォーメーションという言葉は、政財界を中心に毎日のように聞かれます。まさに生産性向上の切り札と言われますが、中小企業の取り組みの現状はどうでしょうか?

大島委員長によると、IT導入は進んでいるものの、活用できている企業は約半数で、活用のレベルアップの支援が必要だということです。東商では、すでにITを導入・活用している企業のレベルアップをサポートする事業を実施しています。

大島委員長は「中小企業の方がフットワークが軽い。経営環境に合わせて、スピード感ある小回りの利く取り組みが可能。データもきめ細かく使える。すぐに経営に生かせる強みがある」と、中小企業とDXの相性のよさを強調します。その上で、課題はやはりコストと指摘します。

「プラットフォームも流通段階で整備していかないと。中小企業が気軽に使えるコストにはなっていない。サプライチェーンは川上から川下まで流れがある。プラットフォームとして川上から川下まで使えるようなものが出来上がらないと、中間がデジタル化しても難しい。大企業が使っているプラットフォームが、もっと汎用性をもって中小企業が安価で入れられるようにしていかないと、普及はしていかないのではないか」

日商が2月に全国の中小企業に実施した調査では、人材育成にからみ、「DXなどビジネス環境の変化に対応した新たな知識・技術の習得」に取り組んでいる企業は全体の17%。まだまだこれからであることがうかがえます。規模の小さい企業が、いかにデジタル化を「点から線に」「線から面に」していくかは今後の課題です。

価格転嫁、デジタル化……中小企業にとっては大きな課題と言えますが、新時代に向けて中小企業が変革すべきこと、生き残りのための方策は? これについて大島委員長は本業の立場でこのように語ります。大島委員長は千疋屋総本店、フルーツやお菓子でおなじみの千疋屋の6代目社長も務めています。

2023年1月4日、冒頭に発言する岸田総理~出典:首相官邸HPより(https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/actions/202301/04kaiken.html)

2023年1月4日、冒頭に発言する岸田総理~出典:首相官邸HPより(https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/actions/202301/04kaiken.html)

創業当時は幕末、創業者は侍で、埼玉県の千疋村で道場を経営していました。しかし、幕末になると侍になる人もいなくなります。弟子も来なくなり、食べるのに困ったのだそうです。まさに侍というそれまで全盛だった「職業」が消えていった時代です。創業者はニュービジネスを模索します。

「千疋村は江戸近郊の花見名所の1つ、桃の花の名所だった。桃の花が咲くということは実もつく。桃以外にも瓜や野菜類を、船で江戸に行商の末、1834年に店を構えて日本橋に創業した」

創業から188年、6代目社長の大島さんが心がけていることは、付加価値とブランディングだそうです。

「付加価値で長続きしてきた。付加価値を高めるにはブランディングが大事。物が豊富な時代、ギフトにふさわしい食べ物、体験が大事になってくる。ブランディングをして時代に合った経営をしている」

江戸時代、幕末から続く千疋屋も、元はいわゆる「スタートアップ企業」だったと言えます。こうした話を聞くと「時代に合わせてビジネスモデルを変革していくこと」「ビジネスチャンスを逃さないこと」、そして「ブランド戦略」……いわば、この企業にしかない、この企業だからこそお金を出したい、そう思わせる唯一無二の魅力を備えることが大切ということが見えてきます。

日本という国は、雇用の7割が中小企業で支えられています。その中小企業が今後どうなるのか、それが日本の未来を決めると言っても過言ではありません。

価格転嫁やデジタル化といった足元の課題とともに、大島委員長の発言には中小企業、そして日本という国が生き残るヒントがあるように思います。(了)

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