東京都立大学・法学部教授の谷口功一が6月26日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。6月23日に施行されたLGBT理解増進法について解説した。
LGBT理解増進法が施行
先の通常国会で成立したLGBTなど性的少数者への理解増進法が6月23日に施行された。松野官房長官は23日の記者会見のなかで、多様性が尊重される社会の実現に向けて取り組みを進めていく考えを示した。
飯田)内閣府には担当部署が設けられます。国会は閉幕しましたが、この法案は最後まで揉めていましたね。
谷口)正式名称は「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」という長いタイトルです。最初は「ジェンダーアイデンティティ」の部分が「性自認」でした。それが「性同一性」に変わり、最終的に与野党が協議して「ジェンダーアイデンティティ」という表記になりました。
飯田)性自認がジェンダーアイデンティティに。
谷口)この法律のなかには「すべての国民が安心して生活できるように留意する」という文言が入っているのですが、「心が女性だ」と言えば女性のお風呂に入れてしまう可能性があるなど、難しい問題がいろいろとありました。
「同性愛の問題とトランスの問題を分けて考えた方がいいのでは」という議論も
谷口)私はいまから20年前に、「性同一性障害者特例法」の立法過程に関わったことがあります。その法律が改正されることになり、2022年3月に「性的マイノリティに関する特命委員会」で意見聴取が行われ、自民党の政務調査会に呼ばれたことがありました。
飯田)自民党の政務調査会に。
谷口)そのときにいろいろ話をしたのですが、雰囲気としては「理解増進ならばいいけれども、差別禁止法は受け入れられない」という保守派の議員の方も多く来ていて、「差別禁止云々は無理だろうな」という雰囲気を去年(2022年)の段階から感じていました。
飯田)差別禁止法は。
谷口)やはりその通りになった感じがあります。多くの議員の方からは、「同性愛の問題とトランスの問題を分けて考えた方がいいのではないか」という話も出ており、その辺りで今後、議論があるのだろうと思います。
LGBT問題に関わった最初の動機は「思春期の同性愛者やトランスの人に自殺者が多い」ということ
谷口)今回の法律が成立したこと自体に関しては、いろいろな経緯や紆余曲折があり、必ずしも当事者団体の方々は100%の成果だとは思っていないかも知れません。しかし、LGBTの問題に関わる非当事者、アライ(Ally・味方)と呼ばれるような人たちの最初の動機は、思春期の同性愛者やトランスの方々の自殺が多いということだったのです。
飯田)この先のことを考えると悩んでしまう。
谷口)そうではない人よりは多い。私自身も含め、「それをどうにかしたい」という初発の動機で関わっていたのです。その意味では、少しでも理解増進の方向へ進んでいけば、この法律の意味もあるのかなと思います。
社会革命は「100でなければ0」ということではなく、「70~80かも知れないけれど、まずは1歩」と少しずつしか進まない
飯田)修正過程や「すべての性の人たちに不利益がないように」という文言など、「生物学的に女性で心も女性の人がどうなるのだろう」というところを懸念点として挙げていた方々もいらっしゃいました。その辺りは双方歩み寄った形があったのですか?
谷口)同じ国会に上程されたものでは入管法もありましたが、左派の方々が100%自分たちの意見を実現したいとき、「100でないのなら0でいい」という感じで進めてしまうところがあります。結局、入管法やLGBT理解増進法もそうなのですが、最後は維新や国民民主の提案が通ってしまうことになりました。
飯田)そうでしたね。
谷口)社会革命は「100でなければ0」ということではなく、「70~80かも知れないけれど、まずは1歩」と、少しずつしか進めません。もう少し大人になって運動すればいいのではないかと思いました。
飯田)入管法に関しても修正協議などに尽力した人たちや、アドバイスした学会や大学の先生たちも、いろいろと論考を書いていたりしました。最後の最後でひっくり返されると、関係者としては脱力してしまいますよね。
法案を通すには技術も必要 ~青木幹雄氏の一言で実現した「性同一性障害者特例法」
谷口)6月に青木幹雄さんが亡くなりましたが、20年前に「性同一性障害者特例法」をつくる際、いちばんのキーパーソンは青木さんだったのです。
飯田)そうなのですか。
谷口)最初は「性同一性障害」という言葉自体も知られていなかったので、なかなか理解されず、通すのが大変でした。
飯田)理解されず。
谷口)しかし、青木さんのところに行って青木さんが「いい」と言ったら、そのあとはみんな「青木さんがいいと言っているのならば」と、ドミノ倒しのように進んだのです。
飯田)青木さんがいいと言った途端に。
谷口)当時、のちに法務大臣になる南野知惠子さんと、公明党の浜四津敏子さんが携わっていて、そういう奇跡的な政治の差配でできたことがありました。本当に自分がやりたいことを通したいのであれば、ある種の技術が必要なので、その辺りを磨いて欲しいと思います。
飯田)ある意味、妥協してお互いの一致点を探るのは政治の仕事です。各々運動されている方々が、それぞれの主張をぶつけ合うことは理解しますが、それが話し合いの場に持ち込まれてくると、そればかりやっていても「何も動かない」というのは社会生活でも同じです。
妥協できるのが政治のいいところ
谷口)政治は妥協できるからいいのです。思想や宗教となると妥協できません。そのために我々は政治を発明しているので、上手に妥協する方法を学ぶべきだと思います。
飯田)ヨーロッパやアメリカなどを見ていると、「分断だ、分断だ」となりますが、政治が機能しないから分断されてしまうのでしょうか?
谷口)司法中心に、裁判の判決などで進めることは分断を招くのではないかと思います。アメリカは特にそうです。アメリカのリベラルも最近は反省していて、すべてを最高裁の判決で理詰めに行っても、人々の心が一晩で変わることはありません。社会的な変革を起こしたいのならば、少しずつ漸進的に取り組むしかないと思います。
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