2024年の日本経済の課題は、「内需の拡大を起点にして、物価が安定的に上がるかどうか」

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元日本銀行政策委員会審議委員でPwCコンサルティング合同会社チーフエコノミストの片岡剛士が12月26日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。都内で講演した植田日銀総裁の発言について解説した。

2024年の日本経済の課題は、「内需の拡大を起点にして、物価が安定的に上がるかどうか」

※画像はイメージです

日銀の植田総裁が2%の物価安定目標について、「来年の春闘での賃上げが重要」と述べる

日銀の植田総裁は12月25日、経団連の会合で講演を行った。2%の物価安定目標について実現の確度は少しずつ高まっているとし、「十分高まれば金融政策の変更を検討していく」と説明した。ただし、「現時点では十分に高いわけではない」とも語り、「2024年の春闘ではっきりとした賃上げが続くかが重要なポイントになる」と述べた。

飯田)これに対して、マーケットはさほど反応しなかったようです。

片岡)25日に経団連に対する講演を行い、「賃金と物価」という題名で話されました。

賃金と物価の過去・現在・未来

片岡)「過去・現在・そして将来」という講演です。報道で出ていた話は主に現状と、政策判断に関わりそうなところが話題になっているのですが、もともとの話は過去です。つまり、賃金と物価がまったく動かなくなってしまったデフレの世界の状況をまず話した上で、現在、過去の賃金と物価が動かない状況がどう変わってきたのか。また将来、賃金の物価が動く世界において、企業にはどんなメリットがあるのか。家計にはどんなメリットがあるのか、という話の3本立てでした。

円高が続き、賃金と物価が固定化して上がらず、デフレの世界をつくってしまった

片岡)過去については皆さんよくご存知の通りで、価格がまったく動かなかった。90年代半ばのバブル崩壊以降、植田さんは、講演のなかでは「政府の無策」とは言いませんでしたが、経済政策の不備もあり円高が続いた。そのなかで、例えば輸入デフレのような問題もあり、いろいろなナラティブが結果的に賃金と物価を固定化させ、まったく上がらないようなデフレの世界をつくってしまった。そういう話をまず最初にするわけです。

飯田)当時、植田さん自身も日銀の審議委員を務めており、当事者として見ていたわけですよね。

企業利益が好調で賃金と物価が解凍しつつあるが、十分に解凍したわけではない

片岡)当時はゼロ金利政策に踏み込み、「早すぎる解除」が行われたわけです。ご本人も当事者だったわけですが。その辺りの思いを語られていて、現状の変化に関し、大きく4つのポイントを上げていました。

飯田)4つのポイント。

片岡)賃金と物価がやや動くようになってきたという話を最初にされたのですが、変化がどう起こってきたのか。それについて、まず企業利益が好調であり、プラスを維持していると言っていました。また、労働条件のタイト化が進んでいる。団塊ジュニア世代の方々が労働市場から抜けていくなかで、今後はより構造的にタイト化が強まるのではないかという話でした。

飯田)人手不足だということですね。

片岡)また、グローバル要因ではデフレ圧力を受けにくい状態であるなど、さまざま地政学要因をおっしゃっていましたが、結局は円安という話でした。それから、中長期的な賃金・物価情勢の変化。これら4つの要因が、賃金と物価が解凍しつつある現状の変化だということでした。ただ、十分に解凍しているわけではないと釘を刺しており、この辺りが1月の引き締め見通しを明確に打ち消しているのではないかと思います。

2024年の賃上げがどの程度になるかが大きなポイントに

片岡)最後に、将来についての話がありました。賃金と物価が動くようになれば、企業も新しいことができるようになり、いろいろな製品をたくさんつくれる。そのような部分はいいことではないかと結ばれていました。個人的には、足元の現状認識のようなところで、やや楽観的ではないかと感じるところはあります。

飯田)楽観的。

片岡)例えば、中長期的な賃金・物価情勢が変わってきていると、短観の企業の販売見通しのようなものをあげているのです。5年後の販売価格がとても上がってきており、いい状態だと。ただ、1年後の販売価格は現在、ピークからやや下がってきており、短期の販売価格に引きずられる形で5年後が動いているため、おそらく半年後や5年後の販売価格見通しは少し下がっていく可能性があります。

飯田)下がっていく。

片岡)そういった観点からみても、来年(2024年)の賃上げがどの程度行われるのか、それが持続的なものだと判断できるのか。その辺りが大きなポイントになると思いますね。

賃上げのための土壌はできている ~中小企業を含めて拡大基調に

飯田)果たして賃上げは本当に行われるでしょうか?

片岡)賃上げするためには、まず企業利益が好調でなくてはいけません。25日の植田総裁の講演でも、企業利益の動向が出ているのですが、大企業・中堅・中小企業ともに拡大基調にあるようです。

飯田)拡大基調に。

片岡)産業別だと、製造業は拡大しているのですが、非製造業は少しピークアウトしそうな感じです。ただ、おしなべて好調です。企業利益が高まるのは賃上げのための第一段階で、これは第一弾ロケットに点火していることを意味していると思います。

2024年の日本経済の課題は、「内需の拡大を起点にして、物価が安定的に上がるかどうか」

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大企業・中小企業、中央・地方の賃上げ能力に格差が起こる ~企業が変わっていく流れが広がる

片岡)次に、「物価が上がる状況が今後も続く」と企業が見ているかどうかが大事です。昨年(2022年)もそうですが、物価が上がると従業員の生活が大変になるので、賃上げする流れになるのですが、今回もそれと同じような流れが、特に大企業においてはしっかり出ている。それが私自身の感想です。

飯田)今回も。

片岡)来年、再来年(2025年)に賃上げが進んでいく過程において、大企業・中堅・中小企業、それから中央・地方という形で、賃上げ能力にも格差が起こると思います。ネガティブに考える人もいるでしょうが、企業が変わっていくという点においては、ポジティブに捉えてもいいのではないかと思います。

飯田)ポジティブですか。

片岡)賃上げの状況が広がり、大企業がそのような話をすると、大企業に人が集まっていくのです。そうなると、中堅・中小企業で賃上げできない会社は淘汰されざるを得ない展開になる。全体として、企業が変わっていくような流れが広がると思います。

円安など、いまの外的環境が維持されるかどうかがポイント

片岡)決してネガティブ一辺倒ではない動きが、来年もそれなりにありそうだなと個人的には感じますね。ただ、円安やさまざまな外的環境が維持されるかどうかがポイントです。来年の展望的なところでは、日本の物価安定目標の達成について、今年(2023年)は海外の状況でフォローの風が吹いていたとすると、来年はアゲインストかなと思います。

飯田)逆風ですか?

片岡)逆風が少し吹くかも知れません。物価についてもそう言えると思います。アメリカや欧州は既に物価がピークを越えて、2%の方向へ近づいていくラインですよね。そのなかで今年は米欧の中央銀行が利上げをメインに行っていたわけですが、物価が2%に近付いてきたため金融政策はニュートラルか、場合によっては緩和しようという流れになっています。

アメリカが極端に悪くなれば、外需の悪化を通じて日本経済にも悪影響が

飯田)経済を少し底上げしなくてはいけない。

片岡)そうすると、円安というよりは円高で、来年はグローバルな物価のデフレ圧力をより受けやすくなると思います。欧州はやや景気後退の雰囲気ですが、アメリカもこれだけ利上げしており、さらに物価が下がっていくとなると、景気改善よりも景気が悪くなる方向が心配されるわけです。

飯田)なるほど。

片岡)いまの世界経済はアメリカで持っていますので、アメリカの景気が極端に悪くなれば、外需の悪化を通じて日本経済にも悪影響を及ぼします。ポジティブな話というよりは、どちらかと言うと海外からはネガティブな圧力が働きやすいと思います。

国内需要が盛り上がるなかで、「物価が上がって賃金が上がり、利益が上がる」というサイクルが確立できるかどうか

片岡)来年の日本経済の課題は、内需の拡大を起点に物価が安定的に上がるかどうかだと思います。今年1年は物価が上がり、企業利益が高まったので賃上げできました。ただ、賃上げが起こったことによって消費が増え、ディマンドプルの形で物価が上がったけれど、残り半分のサイクルがうまく働いていない。それが今年の課題でした。来年は国内需要が盛り上がるなかで、物価が上がって賃金が上がり、利益が上がるというサイクルがしっかり一巡するかどうか。この辺りが問われてくると思います。

飯田)「大企業は賃上げできるだろう」と言われますが、中小・中堅に関しては、「うちは下請けだから元請けが払ってくれなければ難しい」という話も聞きます。

片岡)下請け・元請け関係の固定化を打破するには、インフレ環境が必要なのです。インフレ環境が起こることにより、同じものを頼まれて生産するのではなく、自社で違う製品をつくり出す、あるいは新しいアイデアで設備投資を行い、特定の付加価値があるものをつくっていこうという流れができる。それによって変わってくると思うのです。

デフレ下では中長期的な維持は不可能

飯田)値上げを言い出しやすい環境ですし、需要が高まってきたら「そちらに入れられなければ他のところを探します」と下請けの交渉力が高まり、上がってくるかも知れない。

片岡)そういう展開になるためには、デフレでは難しい。賃金が固定化されるような状況では、いい人材は移ってきません。

飯田)底辺の競争になってしまいますものね。より安いものを探す方向になる。

片岡)植田総裁が「物価と賃金の好循環」とおっしゃっていたのは、いままさに話したことです。「デフレでもいい」という人はいます。

飯田)安く使えるし、安いものを探せる。お金を持っていれば目減りしませんし。

片岡)デフレでもいいと言う人たちは、いまたくさんお金を持っている人です。ご高齢の方が比較的多いと思います。しかし、いまはいいかも知れないけれど、デフレがずっと続くと財政的な余力もなくなりますし、経済力も停滞するので、中長期的な維持は不可能です。それは、この20~30年間の停滞を見ればわかると思います。その状況を変えていかないと、みんなが豊かになるような社会にはなりません。

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