
先日、ホームセンターに行きましたら、「湯たんぽ」のコーナーで、プラスチック製が並ぶ中に、トタンの湯たんぽが売られていました。「懐かしいな」と手に取ってみると、作っているのは、兵庫県姫路市の尾上製作所という会社でした。今回は、『トタン湯たんぽ』を作り続ける尾上製作所のお話です。

4代目社長の名城嗣明さん
それぞれの朝はそれぞれの物語を連れてやってきます。
尾上製作所の初代社長、尾上明さんは、戦後、戦地から復員したあと、手に入れたトタンでバケツを作り、大阪まで売り歩きました。そんな行商が原点となって、昭和23年、「株式会社 尾上製作所」が誕生しました。
ちなみにトタンとは、薄い鉄板に錆びないように亜鉛をメッキしたもので、主に建築資材として、屋根や外壁などに使われてきました。錆びにくく、加工しやすい。さらに、値段も手ごろなことから、日本で広く普及していきました。

昭和23年創業時の尾上製作所の旧社屋
尾上製作所が、バケツの次に手がけたのが、「湯たんぽ」でした。1957年(昭和32年)に、『トタン湯たんぽ』の製造を始めて、68年の歴史があります。
昭和30年代は、羽毛布団も電気毛布もなく、ましてやエアコンもありません。重たい綿布団の中は、ヒヤッと冷たく、なかなか寝付けません。そこに登場したのが『トタン湯たんぽ』です。ヤカンのお湯をトクトクトクと注いで、寝る前に布団に入れておくと、布団全体がぽかぽか!朝まで、ぬくぬくと気持ちよく寝られました。
現在は、プラスチック製の湯たんぽが主流になっていますが、『トタン湯たんぽ』が、いまだに作られている理由がありました。
プラスチック製が主流の中、今も『トタン湯たんぽ』が作られている理由を尾上製作所4代目社長・名城嗣明さんに伺うと……
「昭和レトロブームもあって、『昭和っぽくて懐かしい!』と購入してくださる方が多いですね。最近ではキャンプブームもあって、焚き火で沸かしたお湯を『トタン湯たんぽ』に入れて暖を取ったり、寝袋の中に入れたりと、よく売れていますよ」
湯たんぽは、年によって売れる年、売れない年の波があるそうです。去年は暖冬で、12月に入っても、なかなか売れませんでした。
「今年は寒くなるのが早かったので、去年の分を取り戻すように売り上げが伸びていますね。『トタン湯たんぽ』は、長年使ってくださるファンの方が多く、『長く使わせてもらっています』『これからも作り続けてください』と感謝のお手紙を、よくいただくんですよ」

昭和レトロやキャンプブームで注目される「トタン湯たんぽ」
名城さんは44歳。若い社長さんです。入社当時、上司から、こう聞かれます。「君、モグラを見たことはあるか?」「いえ、ありません」と答えると、「だったら、今から捕ってきなさい」「えっ!」実は、尾上製作所は『もぐら取り器』も製造・販売しています。こちらも農家の人気商品で、湯たんぽと同様に、感謝の手紙が多く届くそうです。
「当社は、お客様の立場に立って、使いやすさや丈夫さ、そういうものを大切にして、モノづくりをしていこうというポリシーがあります。その姿勢を、新入社員だった私も、すぐに『もぐら取り器』で教えられました。近くの畑に仕掛けて、実際にもぐらを捕ったんですが、モグラって、毛がフサフサで、とても柔らかかったんです。その感触は今でも忘れられませんね」

キャンパーに人気の「黒の湯たんぽ」
バケツ、湯たんぽ、ジョーロ、もぐら取り器、さらにアウトドア商品など、トタンを使った人気商品を次々と生み出している尾上製作所。その社是に『一歩前進』があります。この言葉は、初代社長・尾上明さんが兵隊時代に経験したことから生まれました。
自分を“萬年二等兵”だったと言っていた尾上明さんは、まず目立て! 上官からビンタされる時も、一歩前に進み出て、真っ先に叩かれたそうです。戦後、会社を起こした際も、目立つように、一歩前に進もう! その想いを込めて、「一歩前進」を社是にしました。
“萬年二等兵”だった「萬年」の文字は、『トタン湯たんぽ』の口金(お湯を注ぎ口の栓)に、いまも「萬年」の文字が刻まれています。
萬年先も使われるように……、昭和の温もりが包み込む『トタン湯たんぽ』がこの冬も、多くの人をぬくぬくと温めています。





