あけの語りびと

東京の木を使ってデフリンピックのメダルケースを製作 「東京の木に触れる、木育の機会を作っていきたい」

By -  公開:  更新:

まもなく冬のオリンピックがイタリアで開催されます。スポーツの大会では、日本の選手の活躍やメダルの個数、色は何色かといったところに関心が向きがちですが、じつはメダルやメダルのケースにも技術の粋が集まっています。今回は去年、東京で開かれたデフリンピックのメダルケースにまつわるお話です。

野口省子さん

野口省子さん

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

東京・八王子市の郊外、幹線道路から少し入った住宅地の一角にアルファベットで「kitokito」と書いて、「キトキト」と読む一般社団法人があります。キャッチフレーズは、「木のコンシェルジュ」。木材を使った製品の企画、設計、製造、販売などを幅広く手掛けています。

代表理事の野口省子さんは、東京・多摩地区出身の58歳。金融機関で働いたのち、子育てを経て、都内の森林組合に勤めたことをきっかけに、2017年に独立して「kitokito」を立ち上げました。その原点は、昔の記憶にあります。

じつは、野口さんのお父様は大工さん。ある日、野口さんが使っていた2段ベッド上段の枕元に、お父様が棚を作ってくれました。天井との隙間を埋める大きさで、屋根裏部屋のような雰囲気にワクワクします。まるで自分の部屋を持つことが出来たような気分になりました。

時は1980年代。野口さんは、さっそく棚にラジカセを持ち込んでラジオのアイドル番組や夜のワイド番組をこっそり聴くのが日課になります。ハガキを出した番組のアイドルの方から電話がかかってくると、もう大興奮でした。

そんな楽しい時間を包んでいたのが、お父様手作りの棚から発する木のいい香りでした。野口さんも、自然と木に対する親しみが湧いていきます。森林組合の仕事にもどんどん熱が入って、やりたいことが次から次へと出てきますが、公共性を帯びた職場ということもあって、出来ることの限界も感じ始めました。

『木や木材を使って何かをしたい人に、もっと寄り添うことが出来ないだろうか?』

そう感じた野口さんは、かつての同僚と「kitokito」を立ち上げることになりました。

「kitokito」を立ち上げた野口さんは、公共施設の下駄箱のアレンジに始まって、個人のお宅の木材加工など、一つ一つの細かいニーズにも丁寧に答えていきました。山に入る林業の方、山村の製材所、まちの木工所、いずれも職人気質の世界。そんな職人さんとまちの人をつなぐポジションに、「kitokito」はピタリとハマります。

やがて「kitokito」が軌道に乗ってくると、行政や企業との取引も増えていきます。ある展示会で、トロフィーなどを作る徽章屋さんとコラボレーションして、木材を使ったメダルのサンプルを展示すると、東京都の関係者の方の目に留まりました。

「今度、東京で、日本で初めてのデフリンピックが開催されるんです。そのメダルのケース作りに協力してもらえませんか?」

一生に一度、あるかないかの貴重な国際大会への発注が舞い込んだんです。東京・多摩の木材を使ったメダルケースの製作に、「kitokito」が携わることが出来ると聞いて、野口さんは奮い立ちます。

デフリンピックのメダルとメダルケース

デフリンピックのメダルとメダルケース

ただ、東京の木材を使った、日本らしいメダルケース作りは、簡単ではありませんでした。それは、有害動植物の世界的なまん延を防ぐ、国際植物防疫条約の存在です。もしもメダルケースに小さな虫が紛れ込んで、持ち帰ったメダリストが母国の生態系を
脅かすようなことがあってはなりません。

木材を使うには、6ミリの薄い板にしてよく乾燥させることが求められました。しかし、それでは、「金・銀・銅」の金属を含んだ、ずしりと重いメダルに耐えられません。それでも「東京の木材を使いたい」と願った皆さんは、6ミリの板を貼り合わせて、
メダルの重みに耐えられる強度を出すアイディアを捻り出しました。

かくして、去年秋、東京で行われたデフリンピックでは、メダリストの皆さんに東京の木材が使われたメダルケースが授与されました。

「絶対にミスが許されない場面でメダルケース作りに関わった皆さん全員の協力があって、全部で1677個、ノーミスで搬入できたことが有難くて、やればできると思いました!」

そう話す野口さんですが、多くの選手の皆さんにとっては、メダルが一番、ケースは二番。でも、2名の選手の方が、SNSでケースの画像もアップしてくれて嬉しくなりました。

メダルを目指すアスリートと同じように、強いプレッシャーに打ち克って、メダルケース作りに携わった「kitokito」の皆さん。

「私が小さい頃に棚を作ってもらってラジオを聴いた記憶が残るように、今の子供たちにも、東京の木に触れる、木育(もくいく)の機会を作っていきたいです」

今後の夢をこう語る野口さんの目は、まるでメダルのように輝いています。

※kitokito ホームぺージ
https://kitokito.org/

Page top