あけの語りびと

日本の梵鐘の6割以上を手掛ける製作所 「今年あったいろいろなことをリセットできるのが除夜の鐘」

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令和7年・2025年の大晦日、今夜、あなたはどうやって過ごしますか? のんびり家で紅白、まだふるさとへ向けて帰省中、あるいは年越しもいつも通りお仕事。なかには、近くのお寺から鳴り響く「除夜の鐘」を聞いて過ごす方もいることでしょう。今回は、日本のお寺の鐘・梵鐘の6割以上を作っている会社のお話です。

株式会社老子製作所・元井秀治会長

株式会社老子製作所・元井秀治会長。原点の火鉢と共に

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

東京から北陸新幹線で2時間半あまりの富山県高岡市は、ものづくりのまちです。なかでも有名なのが、加賀・前田家の二代目・利長公が400年ほど前、7人の、鋳物に師匠の師と書く、鋳物師を住まわせたことに由来する「高岡銅器」。いまも郊外の銅器団地に多くの会社があり、500人以上の職人さんがいらっしゃいます。

その一角にある「株式会社老子製作所」は、日本の梵鐘の6割以上、関東地方のお寺に限れば7割以上を生産している、およそ200年の歴史がある会社。例えば、成田山新勝寺、目黒不動尊、池上本門寺・・・といったお寺の鐘は、すべて老子製作所で作られたものだといいます。

現在、老子製作所の会長を務める元井秀治さんは、今年、古希を迎えられた十四代目。代々、トップが名乗ってきた「老子次右衛門」という鐘に鋳物師と書く、鋳物師としての名を襲名され、個性の強い鋳物職人さんたちを束ねていらっしゃいます。

元井秀治会長

元井秀治会長

老子製作所は、創業当初から火鉢などの丸い銅器の製造を得意としてきたことで、「梵鐘」も手掛けるようになりました。梵鐘はかつて全国で作られていましたが、高岡の職人さんの技術の高さに加え、富山の薬売り由来の全国的な人脈の強さで、圧倒的なシェアを誇るようになります。

当然、元井さんご自身も「除夜の鐘」には、人一倍思い入れがあります。じつはお寺の梵鐘も、製造された時期によって鐘の音が違うのだそうです。

「たいていの方は、除夜の鐘と聞くとゴーンという音を思い浮かべられますが、江戸時代より前に作られた鐘は、少し高いガーンという音がするんです」

それというのも鎌倉時代頃までの梵鐘は、高い音が出る鐘の真ん中を撞いていましたが、だんだんと撞く場所が下がって、江戸時代には、ほぼいまの形に落ち着いたといいます。

「私の推論ですが、鎌倉時代と江戸時代の間に禅宗が広まって、侘び寂びの心が育まれ、より低い音が、日本人の心に響くようになっていったのではないかと思うんです」

そう話す元井さんが、もう一つ、梵鐘の大事な歴史を教えて下さいました。

日本の「梵鐘」は、仏教伝来からおよそ100年のうちに作られ始めたといいます。現存する日本で最も古い梵鐘は、京都の妙心寺、または福岡・大宰府の観世音寺にあるもので、およそ1300年前のものです。ただ、元井さんはこう話します。

「いま、日本のお寺にある梵鐘は、江戸時代より前に作られた文化財級のものか、昭和の戦後に作られたものがほとんどなんです」

つまり、江戸時代から昭和の戦前までに作られた日本の梵鐘は、多くが現存しません。理由はそう、戦時中の金属類回収令で供出され、溶かされてしまったからです。

一方、戦後の老子製作所は、今までになかった梵鐘の大量生産に追われました。多い年で、年間200口もの梵鐘を生産した記録があるといいます。

鐘を撞く元井会長

鐘を撞く元井会長

そんな老子製作所ですが、コロナ禍ではご苦労もありました。人の動きが止まり、お寺の記念法要などが相次いで延期されたことなどもあって、梵鐘などの受注も止まり、2020年に民事再生手続きを行いました。現在は職人さんたちの雇用を守りながら、自主再建の道を歩んでいます。

そのなかで地元の酒造会社と一緒に開発した大型のウイスキー蒸留器ボットスチル「ZEMON(ゼモン)」は高く評価されて、経済産業省など各所から表彰を受けました。このウイスキーの蒸留器、じつはお寺の梵鐘づくりの技術を活かして作っているんですね。

ちなみに、今年の除夜の鐘、元井さんはどちらにいらっしゃるのか、伺ってみました。

「栃木市のお寺で除夜の鐘を撞きます。今年作った一番大きな梵鐘なんです」

じつは元井さん、毎年、大晦日はその年に納めた梵鐘のあるお寺で除夜の鐘を撞くのが、恒例になっていて、年によっては、除夜の鐘の“はしご”をすることもあるというんです。

「この鐘を作った会社であることが紹介されて鐘を撞くと、お参りにいらした皆さんが、有難い気持ちをいっぱいにして私を見つめて下さるんです。本当に気持ちいいです」

「今年あったいろいろなことをリセットできるのが除夜の鐘」と話す元井さん。昭和100年、戦後80年、令和7年の大晦日、今年も梵鐘を撞く重低音が、あなたのまちと心に響きます。

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