自動車メーカー、「背骨」となるクルマを考える【1】
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ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム「報道部畑中デスクの独り言」(第488回)
先の小欄で三菱自動車のパジェロ復活をお伝えした時、メーカーの「背骨」となるクルマ、「シンボル」として、なくてはならないクルマというものが存在するという話をしました。実は以前、あるメーカー関係者と、「背骨のクルマって何だろうね?」と議論になったこともあります。それはいくら販売が低迷しても、なくしてはいけないクルマでもあります。メーカーの源流となるクルマ、転機となったクルマ……、要素は様々あれども、各社に存在するはずです。それを「背骨」と私は名付けています。
国内乗用車メーカーで現存する2車種ずつ、小欄を借りて独断と偏見で考えます。

「いつかはクラウン」のCMコピーで知られた七代目トヨタ・クラウン
■レクサスがあっても、プリウスがあっても……、2つの「C」、歴史の重み
かつてトヨタ自動車には「C」で始まるクルマが多かった時代がありました。CROWN、CORONA、COROLLA、CENTURY、CELSIOR、CARINA、CECICA、CAMRY、CHASER、CRESTA……、ネットではCで成功した車が多いことによる「ゲン担ぎ」という説も出ていますが、トヨタの公式見解では「特に理由はなく、新しい車名を考える中で、結果多くなった」ということです。「冠」を意味する車名も多く、CROWN=王冠、CORONA=火冠、COROLLA=花冠など。CAMRYが「冠=かんむり」の造語と来た時には、こだわりを感じたものです。
その中でもクラウン(CROWN)、コロナ(CORONA)、カローラ(COROLLA)は長年、トヨタを支える三本柱でした。コロナはプレミオと車名を変え、その後消滅しましたが、クラウンとカローラは健在、「背骨」と言っていいモデルでしょう。トヨタ初の量産乗用車であり、「いつかはクラウン」という名コピーでも知られるクラウン、世界150カ国以上で販売され、今年で誕生60周年を迎えるカローラ。トヨタの基礎はこの2車種で形作られたと言って過言ではありません。
最近は必ずしも「C」で始まるクルマばかりではなく、売れ筋もヤリス、ライズ、シエンタといったところですが、クラウンとカローラをトヨタが見限っていないのは、その大切さを理解してのことでしょう。現在、クラウンはクロスオーバー、スポーツ(ハッチバック)、セダン、エステート(ワゴン)の4車型、カローラもセダン、ツーリング(ワゴン)、スポーツ(ハッチバック)、クロスの4車型で多様なニーズに応えながら、車名を守っています。さすがに往年の勢いはないものの2026年の国内平均月販台数(1~7月)はシリーズ全体でクラウンが3600台超、カローラが1万台超。トヨタの強さの源泉でもあります。

「ケンメリ」の愛称で親しまれた四代目日産・スカイライン
■数々の伝説を残した日産の「背骨」……、その共通点
経営再建途上にある日産自動車。本来なら日産の源流である「ダットサン」、その系譜を受け継ぐブルーバードやダットサントラックであるべきですが、残念ながらダットサンとともに消滅してしまいました。となると、現状はスカイラインとフェアレディZと考えます。レースで数多くの伝説を残したスカイライン、米国市場に大きな足跡を残し、いまでもファンの多いフェアレディZ。おもしろいのはこの2車種はともに日産の中で「傍流」だったということです。
スカイラインは吸収合併という形になった旧プリンス自動車の車種、フェアレディZは「ミスターK」と呼ばれた片山豊さんがダットサンブランドを世界に浸透させた象徴的存在ですが、当時のスポーツカー部門は冷遇されていたとされ、生産も子会社の日産車体に委託されていました。ゴーン体制以降、数多の車種が廃止、整理、車名変更という断が下される中、かつて傍流だったクルマがいまも生き残っているのは、「反骨精神」の証であり、日産という企業の特徴が、数奇な運命とともに表れているとも言えます。
日産は各商品の役割を明確にし、「ハートビートモデル」「コアモデル」「成長モデル」「パートナーモデル」の4つのカテゴリーに分類する戦略を明らかにしています。ただ、かつての日産のイメージは「頑丈な実用車」であり、「(価格的に)少しがんばれば、走りの良さが手に入る」「それらをユーザーで育てていく」クルマでした。いわば、「コアモデルのハートビート版」、いまもそれを期待する自分がいます。スカイラインもフェアレディZも決してプレミアムな存在ではなかったはずです。原点に立ち返ることができるのか、あるいは、別の車種がその役目を担うのか、密かに注目しています。

初代シビック ホンダの礎をつくったクルマと言って過言ではない
■お上の“圧力”を技術で突破したホンダの2台
社内で反骨精神を発揮したクルマが生き残っているのが日産ならば、外部からの“圧力”に敢然と立ち向かったのはホンダ=本田技研工業でしょう。1972年、当時少数派だった「FF・2ボックス」をまとってデビューした「シビック」。VW(フォルクスワーゲン)が初代ゴルフを発売したのは1974年で、シビックの登場はその2年前のことでした。米国で制定された大気浄化法改正法、通称「マスキー法」をいち早くクリアした「CVCC」という排出ガス浄化システムを搭載したのも初代シビックでした。ユーティリティミニマム(必要最小限で最大効果を発揮すること)の思想は、「大きいことはいいことだ」が流行語になった高度成長時代へのアンチテーゼでもありました。現在のシビックは全長がかつての小型車規格4.7mに迫り、全幅も1.8mまで拡大していますが、「背骨」の称号にふさわしいと思います。
もう一つは軽自動車。1960年代、四輪車の新規参入に壁を設けようとする通産省に猛然と反発したのもホンダでした。軽トラックの「T360」とスポーツカーの「S500」を開発し、業界集約化の前に「四輪車メーカー」としての実績をつくり上げてしまいます。その後投入した「N360」は軽自動車の世界に「馬力競争」を持ち込み、ライバルを席巻しました。その系譜を引き継ぐ「Nシリーズ」が「背骨」の一つとなるでしょう。N-WGN(ハイトワゴン)、N-ONE、N-BOX(スーパーハイトワゴン)の3車型で展開するNシリーズ。Nとはいまも昔も「NORIMONO=乗り物」の意味だそうですが……。
現在の四輪部門はEV戦略の読み違いもあって苦境にありますが、外圧を技術で跳ね返すのがホンダのDNA……、将来も維持できるか注目です。
(【2】に続く)





