それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』
新入学の季節ですね。
新しいランドセルを揺らしながら登校するピカピカの小学一年生。
大きくなったら、何になろう?
小さな胸に、大きな夢が膨らんでいることでしょう。
さあ、けさ、ご紹介するのは、文京区小日向で百年続くお豆腐屋さん、
「小林久間吉(くまきち)豆腐店」の4代目、小林秀一さんです。
小林さんは小学生の時、ハレーすい星を見て天文学者を夢見ます。
高校生の時は、世界フライ級タイトルマッチで挑戦者のレパード玉熊選手がチャンピオンを破った試合をテレビで見てプロボクサーに憧れます。
大学は、東京工業大学・理学部で地球惑星科学を学びます。
クラブ活動は、ボクシング部がなかったのでボート部へ。
埼玉県・戸田市の合宿所に入り、朝4時に起床。
ボートを漕いでから目黒のキャンパスに通う日々が続きました。
4年生の夏、ボート部を引退し久しぶりに実家へ帰ると、従業員を何人も雇って活気のあった豆腐店が不況続きで、父親が一人で豆腐を作っていました。
そんな父親の後ろ姿を見ながら、秀一さんは「三代でこの豆腐店を終わらすわけにはいかない」と大学卒業後、家業を継ぎました。
深夜1時に起きて豆腐を作り、朝6時に店を開き、豆腐の販売・配達で午前中が終わります。
お昼に仮眠をとり、夜7時にシャッターを下ろします。
そんなある日、レパード玉熊選手が引退して、九段にボクシングジムを開いたことを知った秀一さん。
午後の空いた時間に、自転車を漕いでジムに通い始めました。
子供の頃からスポーツが得意だったのと、4年間ボートで鍛えた体力で24歳でプロデビュー。
翌年には全日本新人王に輝きます。
これだけでは終わりません!
29歳で、なんと第41代日本ウェルター級王者に登りつめます。
ところが右目を痛め、32歳で惜しまれながら引退。
プロボクサーの戦績は、16試合13勝3敗6KO勝ち。
あれから10年・・・、
秀一さんは42歳になりました。
結婚して2人の女の子のお父さんです。
さてもう一つの夢、天文学者はどうなったでしょうか?
ファイトマネーで反射望遠鏡を購入しました。
レンズは自分で磨いて精度を高めた自慢の望遠鏡です。
月に一度「惑星を観測する会」をお店の屋上で開いています。
今月は4月23日(土曜日)夜7時半から予定しています。
月のクレーターに驚いたり、土星の輪っかに歓声が上がったり。
「木星って、本当に、シマシマなんだね!」と目を輝かせる子供たちを相手に、星の話を聞かせる秀一さんは天文学者そのものです。
秀一さんに、将来の夢をたずねたところ「年内の予定なんですけど」と話をしてくれました。
星を見にくる子供たちの中に、一人で来る子がいるんです。
中には、片親だったり、共働きだったり、夕食を一人で食べている子供が、少なくないんです。
そういう子供のために、みんなでご飯が食べられる『こども食堂』を開こうと考えているんですよ
食堂の名前は「秀ちゃんち」
メニューも考えています。
お豆腐屋さんは大量の「おから」が出ます。
お金を払って業者に処分してもらうほどなんです。
食物繊維が豊富で栄養もあるのでもったいない。
そこで、おからコロッケ、おからカレー、おからサラダを、いま奥さんと一緒に試作中だそうです。
もちろん無料で提供します。
料理だけではなく、小林豆腐店はおじいちゃん、おばあちゃんも、お元気で。
秀一さん夫婦、そして2人のお子さんの6人家族・・・
昔ながらの家族がここにあるんですね。
『秀ちゃんち』で、家族のぬくもり味わってほしいんです。
みんなでご飯を一緒に食べて、お腹だけでなく夢も膨らませる。
そんな場所にしたいんです。
今、ちょうど5時21分になったところです。
この時間、秀一さんは豆腐作りの仕上げにとりかかっている頃です。
北海道と山形の国産大豆を、100%使用した手作り豆腐です。
大豆の状態や、その日の気温などで、豆腐の出来が違ってきます。
「豆腐作りも、毎日が勝負!」、気が引き締まる時間なんですね。
そして6時になると、お店の電動シャッターが「ガラガラ、ガラガラ」と、ゆっくり上がっていきます。
お店の前にお客さんが待っています。
商売人にとってうれしい時間です。
「いらっしゃい!」
ボクシングで鍛えた秀一さんの四角い顔が、このときばかりは、ちょっと、丸くなります。
2016年4月13日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より
朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ
番組情報
眠い朝、辛い朝、元気な朝、、、、それぞれの気持ちをもって朝を迎える皆さん一人一人に その日一日を10%前向きになってもらえるように心がけているトークラジオ