大井川鐵道の11時間耐久「長距離鈍行列車ツアー」を体験する(その1)~新金谷駅「大井川ふるさと弁当」(1,080円) 【ライター望月の駅弁膝栗毛】

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今日(4/29)は「昭和の日」。
昭和を知らない世代も増えてきましたが、昭和の鉄道旅を今も憶えている方も多いと思います。
くすんだ色の機関車に、茶色くて古い客車。
堅くて狭い直角シートに座って、トンネルが来たら窓閉めて、途中の駅でやたら停まって・・・。
そんな「昭和の鉄道旅」を、平成の世に”再現”してしまった鉄道会社があります。

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4/23(土)の朝9:30過ぎ。
望月がやって来たのは、静岡県島田市の大井川鐵道・新金谷駅。
東海道本線との接続駅・金谷から1駅乗った大井川鐡道の本社がある駅です。
SLの復活運転の元祖として知られる大井川鐵道がこの日催行したのが「長距離鈍行列車ツアー」。
総乗車距離「223.2キロ」、総乗車時間「10時間57分」という、ひたすら列車に乗りまくる「乗り鉄」ツアーなのです。

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新金谷駅前の「ロコ・プラザ」で受付を澄ませると渡されたのが、大井川鐵道のフリー乗車券とお菓子のセット。
およそ11時間、列車に乗り続けるにあたって、事実上の「食糧」が支給されたという訳ですね。
ただ、大井川鐵道の大井川本線(金谷~千頭間)は、走行距離が40キロにも満たない路線。
各駅に停まる普通列車でも「1時間15分」程度で走り抜けてしまいます。
なのに、どうやって「223キロあまり、およそ11時間」の列車を運行できるのか???

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実はこの列車、新金谷~千頭間を「3往復」もするのです!
まず新金谷から千頭まで走り抜け、千頭で機関車をお尻に付け替えて新金谷まで戻ります。
これを3回繰り返して、合計およそ「11時間」の鈍行列車の旅となる訳です。
聞いただけで「お尻が痛く」なってきた人もいると思いますが驚くなかれ!
大井川鐵道によると今回「80人」の定員に対して、およそ「4倍」の応募があり、やむなく抽選になったというんです。

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長距離鈍行列車ツアー」の専用列車は、機関車1両、客車4両の5両編成。
先頭に立つのは、大井川鐡道生え抜きの「E10」形電気機関車。
大井川本線が電化された1949(昭和24)年に製造、導入された機関車で、当時としては一般的なデッキ付。
当初は貨客混合列車に使われたそうですが、その後は貨物用として活躍していました。
既に在籍年数は「60年」を超え、大井川鐵道生え抜きの車両としては最古参なのだそうです。

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充当された「旧型客車」は、千頭方から「スハフ42 186・オハ35 22・オハフ33 469・オハニ36 7」の4両。
特に金谷方の最後尾には、客室と荷物室の合造車「オハニ36」が来たことで、撮影する人の人気を集めていました。
私自身はJR身延線沿線で育ったのですが、小さい頃、旧型国電の「クモハユニ44」という車両が好きだったことを思い出しました。
これは電車ですが普通車の座席に、荷物車に加え郵便車も付いた車両。
「〒」マークがついた車両に乗りたいんですが、その分、客室は狭いので混んでいて乗れなかった記憶ばかりが甦ります。

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そんな小さい時の鬱憤を晴らすべく「荷物室」の中へ・・・。
えっ、こんな簡素な作りだったんですね!?
でも、木材が多用されているのは、昔の客車ならでは。
もちろん、この車両はツアー参加者に開放されていて、参加された皆さんも物珍しそうにカメラに収めていました。
ちなみにこの車両は「日本ナショナルトラスト」が保有している車両で、管理などは大井川鐵道に委託されています。

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「日本国有鉄道」のプレートが渋く光ります。
発車を前に大井川鐵道の方が、客室の窓を拭き上げていきます。
大井川鐵道の旧型客車はSLに牽引されるので、どうしてもすすが付着してしまうんでしょう。
60~70年モノの車両かと思われますが、年季の入った車体がツヤツヤ!
大井川鐵道の皆さんが手厚く整備されている様子が伺えます。

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まずは、旧型客車の中では新しいほうの「オハフ33 469」に乗り込みました。
実はこの「長距離鈍行列車ツアー」の列車は全車自由席。
なので11時間、同じボックスで過ごしてもよし、4両ある車両を変えながら違いを楽しむことも可能。
1人当たり1ボックス程度の定員となっているので、昔ながらの汽車旅を限りなく再現しています。
また、受付を済ませてしまえば、あとは途中駅での「途中下車」が自由なのも有難いところ。

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朝9:48「長距離鈍行列車ツアー」の専用列車が大井川鐵道の皆さんに見送られて新金谷を出発!
2度戻ってくるのですが、最終的に新金谷で終着となるのは10時間57分後の「20時45分」。
太陽が高い昼下がりからどっぷり日が暮れた後の夜汽車まで、1つの列車で過ごします。
昭和40~50年代までは、真っ昼間から10時間以上かけてのんびり走る旧客の普通列車って各地にあったんですよね。
私では「大垣夜行(東京~大垣間の夜行普通列車)」がギリギリだったので、ある意味新鮮な「追体験」となります。

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新金谷を出るとしばらく「大井川」を右手に見ながら千頭へと向かいます。
「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」と謳われたあの「大井川」。
南アルプスの水を集めて南下し、全長およそ160キロ。
上流に井川ダム、畑薙第1ダム・第2ダム等の大きなダムがあり、中・下流では川幅の広さに対して流れる水は少なめです。
さっそく客車の窓を全開にして、気持ちいい初夏間近の川の風を感じます。

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川岸まで迫る山を、時々トンネルで抜けていきます。
この薄暗い車内も、旧型客車ならではの雰囲気。
新金谷を出発早々、プチ「夜汽車」気分も堪能できちゃいました。
でも、この列車、ホントにホントの「夜汽車」になるまで走るんですよね!?

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しばらくすると茶畑が広がってきました。
大井川流域は、日本有数の茶どころ。
山の斜面まで茶畑が広がり、大井川から立ち上る朝霧や山間地特有の気候に育まれて、古くから良質なお茶を生産してきました。
新茶の摘み取り間近な、茶畑が1年で一番輝く季節に「大井川鐵道」を旅することができるのはこの上ない幸せ!
ちなみに今年(2016年)の八十八夜は「5月1日」です。

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茶葉が眩しい車窓を眺めながらいただく駅弁は、新金谷駅(金谷駅)で販売されている「大井川ふるさと弁当」(1080円)。
”昭和復刻弁当シリーズ”と銘打たれた手触りのいい和紙の掛け紙に、笹籠をモチーフにした紙容器が包れています。
金谷駅では待合室の売店、新金谷駅ではSLの受付などをする「ロコプラザ」、タイミングがいいと千頭駅売店にもあります。
手がけているのは、駅弁の老舗「東海軒」の金谷工場で、ココで作られる弁当は「東海軒大鉄フード」のブランドで販売。
「東海軒」はJR静岡駅で明治時代の開業当初から駅弁を手がける老舗中の老舗です。

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ふたを開けると梅おにぎり2つに、岩魚の甘露煮・野菜の旨煮・海老の佃煮など「煮物」いっぱい!
確かにおばあちゃん家に来たような懐かしさを感じるかもしれません。
これに「大井川鐵道」オリジナルの絵はがきもおまけで付いています。
汽車旅の思い出を綴って、旅先から思わずハガキを出したくなっちゃうかも。
訪れた週末に金谷、新金谷、千頭の各駅を観察したところでは、この駅弁の調製個数が多く、出逢える確率はかなり高いかと思います。

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カタンコトン、カタンコトン・・・と客車ならではのジョイント音が響く静かな車内。
ボックスシートに足を投げ出し、自然の風を感じながら、茶畑を眺めて駅弁を頬張る・・・。
列車の揺れに身を委ねていれば、自然と若かった、思い出すと少し恥ずかしい「あの日」が思い出されてきます。
戻りたい、でも、やっぱり戻れない、戻りたくない「あの日」。
旧型客車と駅弁がこれ以上ない贅沢な時間を演出してくれます。

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大井川に泳ぐこいのぼりが見えてきたら大井川本線のほぼ中間、家山駅に到着。
このこいのぼりも今の時期だけの風景です。
さあ、まだ走り出して1時間足らず・・・あと10時間分ありますから。(かなり端折りますが・・・)
大井川鐵道「長距離鈍行列車ツアー」レポート、その2に続きます。

「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
「ライター望月の駅弁膝栗毛」
(取材・文:望月崇史)

連載情報

ライター望月の駅弁膝栗毛

「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!

著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/

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