大ヒット映画『ハドソン川の奇跡』に匹敵する奇跡の着陸!“アイオワの奇跡”とは? 【ひでたけのやじうま好奇心】

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私も大好きなクリント・イーストウッド監督の最新作、『ハドソン川の奇跡』。
コレ、実際にあった航空機事故をモチーフにした映画でして…

2009年1月15日、ニューヨークを飛び立ったUSエアウェイズ1549便は、離陸直後、鳥の大群に衝突!こうした事態を「バード・ストライク」と呼ぶそうですが… 鳥を吸い込んでしまったふたつのエンジンが破壊されまして、たちまち、墜落の危機に瀕します。
それでも、天才的な操縦術を備えた機長の冷静かつ的確な判断で、マンハッタン島の西側のハドソン川に「緊急着水」。乗客乗員全員が助かったことから、この事故は、「ハドソン川の奇跡」と呼ばれることとなります。

映画のほうは、「その後の知られざる真実を炙り出す」 という趣向なのですが… さすがは名匠イーストウッド。キッチリと、映画の勘どころというものを押さえておりまして、只今、大ヒット中!

映画『ハドソン川の奇跡』

そこで今日は、この『ハドソン川の奇跡』に匹敵するような、もうひとつの奇跡!
航空機業界で、“アイオワの奇跡”と呼ばれている、伝説の着陸劇にスポットを当てましょう。
実はこれ、海外のケースではありますが…
「ある理由」から、特に、われわれ日本人の胸に、じん… と迫ってくる部分があるんです。

人呼んで“アイオワの奇跡”、「ユナイテッド航空232便 緊急不時着事故」。
この事故が起こったのは、今から27年前、1989年7月19日のことです。
乗員乗客合わせ296名を乗せた232便飛行機は、現地時間の14時9分、ほぼ定刻通り、コロラド州のデンバーを飛び立ちまして、シカゴへと向かいました。

ところが… 離陸から約1時間後の15時16分。
アイオワ州上空、高度1万1千メートルを飛行中に、突如として、思わぬ「異変」に見舞われます。
機体後部、第二エンジンの「ファン・ブレード」(※エンジンの中の羽)が、金属疲労のため、とつぜん砕けてしまった…さらに、油圧システムが、「すべて」破断されてしまったんです。

油圧システムが使えなくなるということは、車のハンドルを動かせなくなるようなもの…。
つまり、「まったく舵がきかなくなる」ことを意味していました。
この時点で、ユナイテッド航空232便は、まさに「絶体絶命」の状況に陥ったわけです。

機長は、58歳のベテラン操縦士、アルフレッド・ヘインズ機長。
このあと、ヘインズ機長以下、コックピットのクルーたちは、実に41分間に渡りまして、奮闘に奮闘を重ねることとなります。
舵がまったく効かないわけですから、できることといえば、エンジンをふかすことだけ。
彼らは、左の翼の第2エンジンと、右の翼の第3エンジンを、ふかしたり、あるいは抑えたりしながら、必死で、機体を立て直そうとしました。

のちに、ボイスレコーダーの分析により、明らかとなったことなんですが…
このヘインズ機長、操縦の腕もさることながら、なにしろ、肝っ玉、「胆力」が凄い!
こんな大ピンチの中にありながら、持ち前のユーモア精神でもって、ジョークを連発!
もちろんヤケになっているワケじゃありませんで、ヘインズ機長は、他の乗組員たちを、なんとか少しでも、リラックスさせようとしていたんです。
果たして、絶体絶命のコックピットの中で、どんな会話が交わされていたのでしょうか?
ボイスレコーダーのデータから、ご紹介しましょう。

ヘインズ機長「これじゃあとても、空港に着陸できるとは思えないな。おそらく不時着することになるだろう」
航空機関士 「やむをえませんね、油圧系統が全滅ですから…」
ヘインズ機長「しかしなんだな、諸君。シミュレーターによる最終性能試験でも、こんな操縦はやらなかったよな(笑)」
コックピット <※笑い声>
ヘインズ機長 「おっと、コーヒーをこぼしてしまったぞ。まぁいいか… 無事に不時着してから拭けばいいさ。この状況に比べたら、コーヒーのシミなんて、どうってことないな(笑)」

さらには、こんな会話も…。

ヘインズ機長「そうだ、いいぞ。できるだけ機体を維持してくれ」
副操縦士  「わかりました。このまま維持します」
ヘインズ機長「うまいぞ。… そうだ、いま、キミに言っておきたいことがある。もしも無事、不時着に成功したら、すぐに君の『機長適任証』を書くとしよう」

こんな具合で、絶望的な状況の中でも、ヘインズ機長は、けしてユーモアを絶やしませんでした。

さて、これも奇跡の一端、いわば僥倖と申しましょうか。
ここで、実に頼もしい助っ人が現れます。
この飛行機には、「たまたま」、デニス・フィッチ(46)という名前の、ユナイテッド航空の訓練教官が、乗客として、乗っていました。
フィッチさんは、火を噴くエンジンを窓から見て、「ただ事ではない」とすぐに分かった…。
そして、操縦を手伝うべく、コックピットに現れたんです。
このときの会話も、ボイスレコーダーに残されています。

ヘインズ機長「やぁ。機長のヘインズだ」
フィッチ教官「デニス・フィッチだ、よろしく。ところで、さっそくだが機長… まずはひとつ、提案させてくれ。すべてが終わったら、ビールを一緒に飲まないか?」
ヘインズ機長「そうだな。私はアルコールは嗜まないんだが、特別に一杯だけ飲もう。」

この助っ人、フィッチ教官も、ヘインズ機長と同じく、「大ピンチのときほど冷静な判断とユーモア精神が大事だ」ということが分かっていたんです。
運命の不時着まで、何十分… いや、何時間かかるか、皆目わからない。
ずっと気を張り詰めていたのでは、とても精神的に持たないからです。

飛行経験豊富なベテラン、ヘインズ機長の、的確な判断。
そして、訓練教官として、あらゆるシミュレートを経験してきた、フィッチ教官の指示。
このふたりの連携プレーにより、飛行機は、着陸寸前まで、理想的な水平姿勢を維持しました。
最後の最後で機首が下がってしまい、機体は滑走路に衝突。
炎をあげながら分解してしまったのですが…
待機していた消防隊が迅速に消火、救出活動を行ったことで、111人は亡くなったものの、185人は、まさに奇跡的に、生還を果たすことが出来たんです。
そして…この不時着陸は、「奇跡の着陸」と呼ばれるようになりまして、ヘインズ機長以下4名は、航空界において最も栄誉ある「ポラリス賞」を受賞したんです。

さて… この「アイオワの奇跡」が、なぜ、われわれ日本人の心に響くのか。
実は、奇跡の立役者のひとり、デニス・フィッチ教官は、普段から、シミュレータで、ある名前のシミュレーションを、徹底的にやりこんでいたんです。
そのシミュレーションとは、通称… 「オスタカ・シミュレーション」!

… そうなんです。
実は、この、ユナイテッド航空232便の「全油圧システム喪失」という状況は…まさにあの、1985年の御巣鷹山墜落事故…「日本航空123便墜落事故」と、全く同じ状況だったんです。
そしてフィッチ教官は、この絶望的な状況の中での操縦方法を、アタマに叩き込んでいたんです!
ただし、日航機のケースでは、垂直尾翼を喪失していたということで、機体の体勢維持という部分では、はるかにシビアなケースではありましたが…
要するに、この「アイオワの奇跡」は、あの日航機の墜落事故を教訓としたからこそ、生まれた奇跡だった… というわけなんです。
話題の映画『ハドソン川の奇跡』に匹敵する、奇跡の着陸。「アイオワの奇跡」をご紹介しました。

⇒ユナイテッド航空232便の飛行ルート(※Wikipedeiaより)。
機体がまったくの操縦不能状態だったことが分かる。

参考資料)『墜落!の瞬間 ボイス・レコーダーが語る真実』
(マルコム・マクファーソン著/ソニー・マガジンズ)

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10月26日(水) 高嶋ひでたけのあさラジ!三菱電機プレゼンツ・ひでたけのやじうま好奇心」より


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