小雪舞う鉛色の空の下に伸びる、2本のレールと錆びた車止め。
「停車場」という言葉が似合う、砂利が敷かれた1面だけの低いホーム。
その向こうにレールを照らしながら、ゆっくりと入って来る気動車。
おそらく今、日本で最も旅情を感じさせる「終着駅」ではないでしょうか。
でも、この景色もあと1カ月あまりで見納めです。
ここは北海道増毛郡増毛町、留萌本線の終着駅「増毛(ましけ)駅」。
増毛駅は、大正10(1921)年11月5日の開業、間もなく開業95周年を迎えます。
でも、その1カ月後、今年12月4日の運行をもって留萌本線・留萌~増毛間は廃止されます。
今年2月のJRの発表では、留萌~増毛間は「100円稼ぐのに4,554円かかる」区間。
並行して路線バスも走っていることから、ついに廃止が決まりました。
駅前の観光案内所は「風待食堂」。
増毛といえば、昭和56(1981)年秋公開、故・高倉健さんの映画「駅 STATION」を思い浮かべる人も多いと思います。
映画で活況を呈したものの、留萌周辺の人口はこの30年弱でおよそ「3分の2」に減少。
JR北海道によると、映画が作られた頃、昭和55(1980)年度の留萌~増毛間の輸送密度は「855」だったのに対し、平成26(2014)年度は「39」。
今は1列車平均「3人」のお客さんしか乗っていない計算だといいます。
増毛随一の見どころといえば、明治15(1882)年創業の「国稀酒造」。
実はココが、日本最北の酒蔵なのです。
元々、増毛の豪商・本間家の酒造事業として始まりました。
留萌線で訪れたからこそ楽しめるのが「利き酒コーナー」!
貯蔵タンクに囲まれ、蔵の方の薀蓄を聞きながら、最大16種を無料で試飲出来ます。
今回はベーシックな「国稀」の地元限定バージョン「増毛」を手に取ってみました。
ラベルは2種類あって、昼間のキハ54と増毛駅、そして黄昏のキハ54と増毛駅。
悩んだ挙句、灯りがぼんやり灯った「黄昏」バージョンを、メモリアルのキハ54が描かれた升とのセットで購入。
“ぬるめの燗、肴はあぶったイカ”で、行き過ぎていく留萌本線の旅の思い出と共に、しみじみと「舟唄」の世界へ・・・。
ココは「駅 STATION」の舞台「増毛」なんですから。
今回、廃止される留萌本線・留萌~増毛間は、留萌本線の中でも特に景色が美しい区間です。
特にこれからの時期は、車窓に「冬の日本海」が広がります。
でも、この海沿いの自然環境が、廃線の原因ともなりました。
特に雪解けの時期、斜面から流れ込んだ雪や土砂によって、列車が二度にわたって脱線。
乗客が少ないにも関わらず、防災対策に多額の費用がかかることが廃線の理由とされました。
いずれにしても、ディーゼルカーの唸り、レールの繋ぎ目の音、心地よい揺れと共に、日本海の車窓を楽しめるのもあと1カ月です。
こんな日本海を眺めていただきたい駅弁が「留萌駅」にあります。
実はコレ、JTB時刻表にも、JR北海道の車内誌にも載っていない「幻の駅弁」。
その名も「にしんおやこ」(890円)といいます。
江戸時代以降、留萌周辺は、ニシン漁と共に発展してきました。
そんな留萌の歴史と文化が、1つの折詰にギュッと詰まった駅弁です。
「にしんおやこ」を販売しているのは、留萌駅待合室の立ち食いそば店。
実は「前日まで」に予約しないと買えない完全予約制の駅弁です。
前日お店へ行けない人は、お店の電話「090-7644-3774」へ「9:00~15:00」の間に予約。
予約は1個から可能、個数制限は特に無いそうですが、受取りの時間も合わせて伝えておく必要があります。
さあ、まだ温もり残る折詰を手にして、大きなニシンが描かれた掛け紙を外すと、香ばしい匂いがしてきました!
なんたって「数の子」が太い!しかも2本!!
東京で食べるような塩辛くてコリコリしたのと違って、フワッとしてるんです。
訊けば、塩漬けを1回塩を抜いてから加工しているそうで、留萌ならではの技です。
加えて、テカテカっと輝く「ニシンの甘露煮」が絶品!
程よい脂、数の子とのバランス、さらに炊き込みご飯にはちょびっとおこげが!!
なんと!留萌の駅そばの「そばつゆ」で炊いているごはんなのです。
も~箸が進んで進んでしょうがない!!!
今まで、留萌の「にしんおやこ」をスルーしていた自分を恥じました。
ニシンを使った駅弁は各地にありますが、留萌が最高峰かも。
個数が多いと大きい業者へ委託することもあるそうですが、少量なら女将さん手作り。
留萌は12月5日から終着駅ですが、この駅弁のために留萌に足を運んでいいと思います。
留萌本線はかつて、途中の石狩沼田から「札沼線」が分岐。
留萌からは、宗谷本線の幌延(ほろのべ)まで「羽幌線」が繋がっていました。
それゆえの留萌「本線」だったのですが、2線とも国鉄時代に廃止され、12月には留萌~増毛間が廃止されます。
さらに、この「留萌本線」自体の存続も、かなり厳しいと各メディアが報じています。
便利を追求し過ぎて、かえって不便になっているように感じる地方の交通。
多少の「不便を愉しむ文化」があってもイイのではないかとも思います。
私自身も地方のクルマ社会で育ちましたが、母親が運転免許を持っていなかったため、小さい頃から鉄道と路線バスを乗り継いで移動するのが普通でした。
2~3時間に1本の列車やバスでも、頭を使えば、いろんな過ごし方があります。
本数は少なくても、せめて「接続」はしっかりして「使える」交通手段でいること。
そして鉄道、バス、クルマを程よく使い分ける習慣を地域を挙げて育んでいく。
一過性のブームに頼らない地道な取り組みじゃないと、廃止の負の連鎖は食い止められないのでは。
どんなものでも100年以上続くものって、やっぱり地域の「宝」。
「宝」だったら大事にしなくちゃいけないと私は思います。
(取材・文:望月崇史)
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/