その夜はたまたま中秋の名月であった。
皎々(こうこう)と照り渡る月は、澄明(ちょうめい)な空気の山上に低く降りてきて、
星までお伴に引きつれ、金色の大屋根を神秘な光りに照り輝かせてくれた。
わたしはだれもいない天台寺の境内の真中にひとり立ち、
月を仰ぎ大屋根を眺め、すばらしい月見をした。
寂庵では、芒(すすき)や秋草の花をいけ、月見台をつくり、芋だんごを供えている。
天台寺では芒も秋の七草も山に自然に生えている。
わたしは宇宙と一つにとけあった自分を感じ、山の聖霊の気が
からだじゅうに流れこむのを受けとめていた。瀬戸内寂聴
撮影:斉藤ユーリ
出典:『生きる言葉 あなたへ』光文社文庫