「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
東海道新幹線品川駅が、10月1日で開業20周年を迎えます。日本の鉄道駅としては最も古い駅ながら、東海道新幹線では最も新しい駅というユニークな存在です。そして、開業時に開発された駅弁「品川貝づくし」は、いまでは東海道新幹線「のぞみ」停車駅で販売されるロングセラーへと成長しました。この駅弁は一体どんなコンセプトで開発されたのでしょうか。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第45弾・ジェイアール東海パッセンジャーズ編(第3回/全6回)
東海道新幹線・東京駅を発車した下り列車は、全ての列車が品川、新横浜と停まります。平成15(2003)年10月1日の東海道新幹線品川駅開業から間もなく20年を迎えます。開業に伴って東京の南西部から東海道新幹線へのアクセスが向上。車両も最高時速270km(当時)で走ることが可能な700系・300系等の各新幹線電車に揃えられたことで、「のぞみ」が大増発されて、東海道新幹線が大きく変わりました。
この品川駅開業に先立つこと1年前、東海道新幹線の駅弁や車内販売を手掛けていたジェイダイナー東海とパッセンジャーズ・サービスが合併し、「ジェイアール東海パッセンジャーズ」となりました。現在の松尾啓史代表取締役社長が指差すのは、この合併の際に新たに作られた「社章」。いまも弁当のパッケージや袋などに印刷されていますが、じつはこの社章に込められたメッセージもあるのだそうです。
●新幹線車両の世代交代が生んだ「ジェイアール東海パッセンジャーズ」
―「ジェイダイナー東海」と「パッセンジャーズ・サービス」は、なぜ合併したのでしょうか?
松尾:新幹線車両の世代交代が理由の1つです。食堂車やカフェテリアがあった100系新幹線電車が引退して、700系新幹線電車が最新型車両となりました。これに伴って、ワゴンによる車内販売が基本となり、「ジェイダイナー東海」も「パッセンジャーズ・サービス」も、やっていることはほぼ同じになってしまいました。一方で駅構内の開発も進んだことで、2社分かれてやるより、協力して強みを活かそうということになったんです。
―2つの会社の違う文化をすり合わせる上で、ご苦労もあったでしょうね?
松尾:実際に合併してみると、大変なことがたくさんあったと聞いています。実際の仕事は同じようなものなんですが、それぞれの会社で受け継がれてきたやり方がありますので、その部分を調整するのが大変だったそうです。あとは“気持ち”の問題ですね。それまでの自分の会社に持っていた強い愛着や思い入れを、新会社にも持ってもらうというところに、苦労したと聞いています。
●新会社最初のプロジェクトは、東海道新幹線品川駅開業!
―会社のマークにも、エピソードがあるそうですね?
松尾:弊社の「社章」は、「のぞみ(希望)」をイメージした赤い羽根が2枚で、出会いやコミュニケーションをイメージしたハートマークになっています。じつはジェイダイナー東海の「J」と、パッセンジャーズ・サービスの「P」を模ったデザインになっていて、2つの会社が手を携えて、“1つのハート”を作ろうという思いも込めて作ったそうです。合併当時(の苦労)を知る弊社の社員にとっては、このマークに愛着がある者も多いんです。
―合併後、最初の大きな取り組みは?
松尾:平成15(2003)年10月1日に東海道新幹線品川駅が開業しました。当時の品川駅は周辺の再開発が進んで、ビジネスのお客様の需要が非常に大きくなっていました。昔の港南口は、私自身、大井の新幹線車両基地に行く際に利用していましたが、角打ちができる小さな飲み屋さんがあるくらいの小さな駅舎でした。そこへ再開発でビジネスマンが増えたわけですから、このお客様にアプローチできる新作駅弁を作ろうとなりました。
●ビジネスのお客様に愛される新作駅弁を作れ!
―ビジネスマンに愛される新作駅弁とは、どんなものですか?
松尾:1つはボリューム感、もう1つは品川らしさです。これを具体的な形にしたのが、いまも製造・販売している「品川貝づくし」です。ボリューム感のニーズに応えるため、ご飯が見えないくらいに、具材を敷き詰めようとなりました。そして、「品川らしさ」を表現するために、江戸前の海にちなんだ貝をフィーチャーした駅弁が作られることになりました。現在も、あさり、しじみ、はまぐり、焼ほたて、貝柱と5種類の貝を使った駅弁となっています。
―「品川貝づくし」、製造現場を拝見しましたが、じつは作るのが大変ですね?
松尾:茶飯の上の仕切りのないところに、5種類の貝を散りばめていきますから大変です。最初のころは1人1種類の貝を載せることしかできなかったと言います。でも、年を重ねるごとに、熟練の従業員が増えていきました。全部違う味付けの5種類の貝の下、茶飯の上に青海苔をふり、焼海苔を敷いて「海」もイメージしています。貝と聞くと「チョット……」となってしまう方もいるかも知れませんが、じつは酒のアテに最高の組み合わせなんです。
東海道新幹線品川駅の開業に当たっては、ジェイアール東海パッセンジャーズが「品川貝づくし」と「品川駅御弁当」を発売。この他、国鉄時代からの構内営業者が3種ほど、記念駅弁を発売しましたが、この「品川貝づくし」(1150円)だけが今も販売されており、20年を超えて、ロングセラー駅弁への道を着実に歩んでいます。現在は東京・品川・新横浜・名古屋・京都・新大阪の東海道新幹線「のぞみ」停車駅で販売されています。
【おしながき】
・茶飯 錦糸玉子 海苔 枝豆
・あさり煮
・しじみ山椒煮
・はまぐり煮
・貝柱
・ほたて照り焼き
・玉子焼き
・煮物(人参、椎茸、がんもどき、フキ)
・青菜漬け
・紅生姜
松尾社長も「出張帰り、ひと仕事終えたあとの“一杯”に貢献している駅弁ではないか」と自負しているという「品川貝づくし」。あさり・しじみ・はまぐり・ほたて・貝柱と、5つの貝の味の違いを楽しめるのはもちろん、青菜漬けや別添の紅生姜で、自分だけの“味変”ができるのが嬉しいですね。お酒が大好きな方はもちろん、あまり得意ではない方も、江戸前の伝統を感じさせる海の恵みを味わってみると、きっと新たな発見があることでしょう。
20年前、東海道新幹線品川駅開業当時の花形車両だった700系新幹線電車ですが、残念ながら令和2(2020)年までに、東海道新幹線からは引退しました。ただ、この700系車両をベースに作られた923形新幹線電気軌道総合試験車「ドクターイエロー」は、いまも元気に新幹線の安全を守っています。出逢えるかどうかは、その日の運次第。旅の途中、見かけたら、ささやかな幸せと共に駅弁とお酒で軽く一杯というのもいいかも知れませんね。
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連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/