「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
岡山の名物駅弁「桃太郎の祭ずし」。この駅弁を製造する三好野本店は、今年(2021年)が創業130周年です。昭和38(1963)年の誕生から58年となるこのロングセラー駅弁は、いったいどのようにして生まれたのか? 若林昭吾社長にお話を伺うと、岡山出身で鉄道が大好きな小説家・内田百閒の存在抜きには語ることができないことがわかってきました。今回は「祭ずし」のあれこれをフォーカスしてまいります。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第26弾・三好野本店編(第4回/全6回)
四国の玄関口・岡山駅。予讃線直通の電車特急は「しおかぜ」。土讃線直通の気動車特急は「南風(なんぷう)」。それぞれ概ね毎時1本、四国の風を連れて瀬戸大橋を渡って来ます。流線形が目を引く8000系電車の「しおかぜ」に乗って、風を切って進めば、約2時間50分で四国最大の都市・松山へ。駅前から漱石ゆかりの「坊っちゃん列車」に揺られたら、道後の湯の香が恋しくなってきますね。
そんな四国方面への特急も発着する岡山駅の東口には、いまから50年前の昭和46(1971)年に設置されたという桃太郎像があります。桃太郎は、お供のイヌ、サル、キジと一緒に凛々しい姿で岡山のまちを見守っている様子。祭ずしの包装でもおなじみです。このアングルから撮影すると、桃太郎一行を挟んで、左に山陽新幹線、右に三好野本店「祭ずし」の看板も見えますよね。駅弁好きなら、ちょっぴりこだわりたいところです。
(参考)おかやま観光コンベンション協会ホームページ
手にしただけで、そのにぎやかな見た目に気持ちがウキウキと弾む「桃太郎の祭ずし」。パッケージと桃形の容器を手にしているのは、三好野本店の5代目・若林昭吾社長です。いまでは、岡山に立ち寄ったら買わずに帰ることはできないロングセラー駅弁に成長した「祭ずし」。連載第1回で製造過程に密着しましたが、今回は「祭ずし」をより深掘りしていきましょう。
●小説家・内田百閒の言葉をヒントに命名された「祭ずし」
―前回の東京オリンピックの際に生まれたという「祭ずし」ですが、改めて岡山の郷土料理「ばら寿司」と「祭ずし」の違いを教えていただけますか?
若林:「酢飯」の違いです。「ばら寿司」の酢飯にはかんぴょうや蓮根が混ぜ込まれているのが一般的でしたので、あまり日持ちしませんでした。そこで東京まで在来線でオリンピックの観戦に行くことを考えて、日持ちするように混ぜ物をなくした酢飯にしました。しかし、ここで当時の社長だった私の祖父・若林英治が「ご飯に具が入っていないのは、ばら寿司とは言い難い!」と言い出したんです。
―なぜ「祭ずし」となったんでしょうか?
若林:岡山出身の小説家・内田百閒(うちだ・ひゃっけん)が、「ばら寿司」のことを勝手に「お祭鮨」と呼んでいて、東京にいた百閒は事あるたびに「岡山のお祭鮨を食べたい」と云っていたといいます。祖父は、「実際に祭りのときのご馳走だし、景気もよさそうでいい」ということで「祭ずし」と名付けたそうです。祖父は百閒と同じ東京帝国大学文学部の卒業で、漱石の弟子だった百閒とは、懇意でした。
●掛け紙が理由で、送り仮名の「り」が取れた「祭ずし」
―「祭」に送り仮名がないのはなぜですか?
若林:初期の祭ずしは「鮨一升に金一両をかける」と云われていたことから小判型の容器でした。この容器に短冊で「祭りずし」と書いて「祭」の漢字を目立つように大書きすると、かえって「りずし」の文字がやけに目立つ……。そこで思い切って「りが、邪魔だ!」と取ってしまって、「祭ずし」となったんです。
―「祭ずし」の開発・製造に当たってのご苦労は?
若林:玉子焼き(錦糸玉子)ですね。最初は細長い形に手で切っていましたが、生産が追いつかないんです。そこで針金で熱線を手作りして、鉄板で薄く伸ばした卵をかけていくと、熱で簡単に細長く切れてくれる……そんな機械を料理人が開発しました。薄い錦糸玉子には、腐敗率も低いという安全上のメリットもあります。なお、いまは当時のレシピに合わせて、しっとりしてもちもちっとした錦糸玉子を、特別にオーダーして作ってもらっています。
●米はアケボノ! 桃太郎の祭ずしプレミアムには希少な「朝日米」を使用
―「祭ずし」をはじめ、三好野本店の駅弁に使用しているお米は何ですか?
若林:岡山県産「アケボノ」という品種の米を使っています。「桃太郎の祭ずしプレミアム」には、岡山県産朝日米を使用しています。朝日米は昔から岡山に伝わる米ですが、稲穂が大きいために倒れやすくて生産しづらく、安定供給が難しいという難点があります。でも、その食文化を残したいという考えからプレミアムに使用するようにいたしました。岡山では「朝日」という言葉には、“一目置く”ぐらいのブランド力があるんですよね。
―炊き方やお酢にもこだわりがありますよね?
若林:丸釜でIH炊飯を行っています。駅弁店では珍しいかも知れませんが、IH炊飯にしたことで、ご飯の品質のムラをなくすことができました。祭ずしの酢は販売開始のころからマンネン酢(瀬戸内市長船町)を使っています。比較的甘い味が特徴です。開発したときの社長、祖父・英治が、マンネン酢の先々代の久保さんに、ああだこうだ注文を付けてこだわって開発したオリジナルの酢なんです。
いまから3年前、平成30(2018)年の祭ずし55周年を記念して誕生した「桃太郎の祭ずしプレミアム」(1380円)。パッケージも55周年版から改められ、「岡山県産朝日米使用」の文字とともに高級感あふれる雰囲気となりました。プレミアムの名に相応しく、ゴールドの桃形容器になっているのも特徴。レギュラー版の「桃太郎の祭ずし」と食べ比べながら、その違いを感じてみるのもいいですね。
【おしながき】
・酢飯(岡山県産朝日米使用)
・錦糸玉子
・有頭海老の酢漬け
・鰆の酢漬け
・ままかりの酢漬け
・たこの酢漬け
・蟹ほぐし酢漬け
・焼き穴子
・あさり煮
・椎茸煮
・たけのこ煮
・いくら醤油漬け
・作州黒豆(岡山県産)
・おぼろ
・酢蓮根、紅生姜
全国でコシヒカリ系の“濃い味”の米が広まるなか、岡山県産米に誇りを持ち、由緒ある「朝日米」にこだわって作られている「桃太郎の祭ずしプレミアム」。蟹やいくらをはじめ、レギュラー版よりちょっぴり豪華な具材が載って、かつての名作駅弁「備前米弁当」でも使われていた朝日米をいただくことができる、とてもありがたい駅弁です。朝日米は酢飯との相性も抜群。ご飯もしっかり噛みしめて、味わいながらいただきたいですね。
東京から14両編成でやって来た寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」は、岡山で前7両が「サンライズ瀬戸」高松行、後7両が「サンライズ出雲」出雲市行に分かれます。近年は週末を中心にこんぴらさんのお膝元・琴平まで延長運転も行われている「サンライズ瀬戸」は、概ね朝7時ごろ、朝日を浴びながらゆっくりと瀬戸大橋を渡って行きます。朝日米・アケボノといったご当地ブランドの米とともに、朝がとても気持ちいい岡山の鉄道旅です。
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連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/