「北朝鮮のターゲットはアメリカだ。韓国にミサイルは来ない」「圧力より対話を」…日本在留の韓国人は明快に語った。
韓国大統領選挙の投票がいよいよ5月9日に行われる。一連の不正疑惑により朴槿恵前大統領が任期途中で罷免、逮捕された。1987年の民主化以降30年が経つが、それ以降ではもちろん初めての事態だ。
4月17日から始まった選挙戦に臨んだのは当初15名だったが、途中で辞退する人も出ている。この中で政党などから出馬した「有力候補」は5名。中でも革新野党「共に民主党」の文在寅氏と、中道野党「国民の党」の安哲秀氏の"一騎打ち"と言われている。文氏は革新野党らしく、いわゆる「反日・親北路線」。アメリカが目指すTHAAD=高高度ミサイル防衛システム配備にも慎重な姿勢を示す。一方、安氏は歯に衣着せぬ物言いで「韓国のトランプ」の異名をとるが、THAADの必要性を強調するなど、北朝鮮問題に関しては現実的な対応をアピールしている。日本の大学に通った経験もあり、日本にも一定の理解を示す。世論調査などによると、当初は文氏が独走状態だったところ、北朝鮮のミサイル発射などの影響で安氏が肉薄したが、現在再びその差は離れ、文氏有利の情勢と伝えられている。
投票日は前述の通り5月9日だが、すでに投票が行われている所もある。日本に在留する韓国人は4月25日から30日までの間に「在外投票」を行った。投票所の1つである東京・南麻布にある在日本大韓民国民団(民団)のビル、実はこの近くには韓国大使館もあり、周辺は警視庁の警察官の警備が物々しい。しかし、それとは裏腹に投票に訪れる韓国人は実にカジュアルだ。ミニスカートやランニングパンツという服装も。若い人も多く、中には「これまで関心がなかったが、今回初めて投票に来た」という人もいた。そして、投票所の看板の前で記念撮影をする人も目立った。
投票を終えた人はメディアに対する警戒心は比較的薄く、ほとんどの人が取材に応じてくれた。「どんな大統領になってほしいか」「北朝鮮攻撃の可能性に不安は?」「候補者にどんなイメージを持っているか」…こんなことを聞いてみたところ、冒頭のようなコメントが返ってきた。ちなみに取材は4月29日の北朝鮮のミサイル発射後。あらためて日本との「温度差」に驚いた次第だが、考えてみると、これも一つの理屈だと言えなくもない。
日本では北朝鮮の核実験、ミサイル攻撃があるのか?アメリカが先制攻撃を仕掛けるのか?をめぐって緊張感が高まっている。ミサイルが本土に着弾したら国民の生命や財産はどうなるのか?守る術はあるのか…?連日報道されている。しかし、韓国ではどうだろう。ニッポン放送の番組に出演したジャーナリストの山路徹さんの言によれば、軍事境界線付近の板門店にもツアーに参加し、割とのんびりした雰囲気だという。なぜかと思うが、冒頭のようなコメントが韓国人の世論なのだとすれば、妙に納得してしまう。
実は韓国人有権者の大きな関心は、若年層の高い失業率に象徴される雇用問題であり、何よりも数々の疑惑により国民を裏切ったとされる朴槿恵前大統領に対し、「新大統領は国民の話に耳を傾けてくれるのか」ということらしい。逆に北朝鮮問題についてはこちらが拍子抜けするほど関心が薄かったのが正直なところだ。ある男性はこう言う。「朝鮮戦争を経験した高齢者は不安かもしれないが、私たちはそうは思わない」。また20代の女性は「北朝鮮の行動はこの季節、いつものことだ」、そして冒頭にあった「北朝鮮のターゲットはアメリカ」…これらをつなぎ合わせれば、いまはアメリカべったりの姿勢は得策ではない…祖国統一に向けてこれまでの「圧力」より「対話」を…という結論に落ち着いてもおかしくない。
今回得たのはあくまでも日本に在留する韓国人の声であり、それが韓国本土の世論を代弁するものかどうかはわからない。しかし、少なくともこのような世論であれば「親北路線」の文氏が選挙戦をリードしている理由は説明がつく。
一方、韓国のお国柄として「事大主義」という言葉がよく使われる。小国が大国に仕えることで生き延びていくという考え方だ。その対象は中国、アメリカ、日本…こうした考え方の背景には儒教などの影響があると言われるが詳しい分析は省く。朝鮮半島という大陸から伸びた地形に生まれ、常に大国の地政学リスクに直面してきた歴史を持つ韓国。その中で、どこについたら生き残れるのか?本能的にかぎ取ってきた国ではないのか。はたして北朝鮮が「事大主義」の大国に相当する国がどうかは異論のあるところだが、その時代その時代にあわせて生き残るためにタッグを組む国を変えてきた…と思えば、このような世論もなるほど一つの理屈だと思えるのである。
とは言え、では祖国統一に向けて、北朝鮮が平和裏に応じてくれるかはわからない。少なくとも日本、アメリカの立場から見ると見通しはNOだ。「そんな理想は通じるわけがない」…日本では多数であろうと思う。しかしその理想こそ、今後朝鮮半島がどうなるかのカギを握る。親北路線にもし政権が移るのであれば、同じ言語を持つ民族同士がわかりあうことができるかもしれない…そういった期待を現在の韓国の国民が抱いているのかもしれない。あるいは、そうした気持ちも理解せず、北朝鮮、金正恩体制が権勢をふるい、最悪、韓国が属国になってしまうのか?…誰にもわからない。緊張感を持つ日本が「平和ボケ」とよく言われるが、であるとするならば、常に休戦中の緊張にさらされていながらのんびりした雰囲気の韓国は、「戦争ボケ」と言える状況なのかもしれない。
いずれにせよ、あと1週間ほどで韓国の新しい大統領が決まる。よきにつけ悪しきにつけ、日本、北朝鮮問題の関係国であるアメリカ、中国など…国際社会の構図に変化をもたらす可能性をはらんでいることは間違いない。