「宇宙では女性の髪はどのように整えるのですか?」
昨年10月に約4カ月の国際宇宙ステーション長期滞在から地球に帰還した宇宙飛行士の大西卓哉さんのミッション報告会が先月、東京大学の安田講堂で開かれ、参加者からこんな質問が寄せられました。
宇宙飛行士は帰還した後も、このような報告会などで全国を行脚します。今回は大西さん出身の東大。大西さんのほか、古川聡さん、山崎直子さんという東大出身の宇宙飛行士3人が一堂に会する珍しい機会となりました(山崎さんは2011年にJAXAからは引退しましたが、宇宙飛行士という肩書は残っています)。
久しぶりに会った大西さんは、地球帰還から半年以上が経ち、リラックスした表情を見せていました。そしてスピーチは大変ユーモラスで笑いが絶えませんでした。参加者は約1000名。東大の学生のほか、小中学生もいました。冒頭の質問は大西さんのスピーチで宇宙での髪の整え方を話したことを受けてのもの。男性はバリカンで比較的簡単にできてしまうのに対し、髪の長い女性はどうしたらいいのか…年頃の女の子らしいほほえましい質問に、場内は一段となごみました。
大西さんの答えがまた振るっていました。人の髪を切るのもミッションの一つ、しかし大西さんは滞在の「同僚」飛行士に思い切り短く刈られたそうです。同じく「同僚」の女性飛行士はそのことを知っていたのか、大西さんがその女性飛行士に恐る恐る「もしなんだったら切るよ」と言ってみたところ、本人から「あなたたちには任せられない」と言われてしまったそうです。「女性の髪を切るのは私がやった中でもハイリスクなタスクになるのではないか」…場内は爆笑の渦となりました。
一方、報告会では日本の実験棟「きぼう」での利用状況、成果についても報告が行われました。実はこうしたことこそメディアが伝えなくてはいけないことだと思っています。特に私が期待しているのが二点あります。
一つはたんぱく質の結晶生成実験。報告会で大西さんが「日本のお家芸」と紹介した通り、成果も徐々に出ているということです。結晶というのは地上のように重力があるとゆがみなどを起こし、きちんと配列が揃った「高品質のもの」がつくれません。それを無重力の宇宙で実験を行うことによって、ゆがみなく品質のいいたんぱく質の結晶を作ることができるわけです。
これにより病気の元になるたんぱく質の結晶構造を正確に知ることができます。具体的には筋ジストロフィなどの特効薬をつくるための研究が大手製薬企業と進められており、こうした薬を心待ちにしている患者もいるのです。
そしてもう一つは静電浮遊炉を使った実験。「セーデンフユウロ」…これは無重力の宇宙で物体を3000度近くの高温で浮かせる装置です。地上では重力があるため、物体を浮かせることは難しく、同じことをやると3000度という高温では当然、周囲の容器は溶けてしまいます。まさに宇宙ならではの装置で、これによりガラスや半導体など材料の性質をより細かく調べることができます。細かい性質がわかれば、より高性能、高機能の材料の開発に役立つというわけです。
具体的にはエンジンのタービンブレードなど、熱に強い合金の製造技術に生かされます。最近の話題でいえば、原発事故で燃料が溶融した原子炉、この中で溶けた燃料がどんな粘り気でどんな密度になっているのか…こうした分析にも寄与すると期待されています。
宇宙飛行士のニュースでは「食事はどうしているのか」「どんな生活をしているのか」など…目に見える部分に関心が行きがちです。もちろんそれは興味深く、大切なことですが、実際、宇宙飛行士がしていることはこのような地道な実験の「手足」となる作業が多いのです。日本は国際宇宙ステーションの運用に年間約400億円を負担しています。こうした取り組みが高額な費用に見合うものであるのか…もちろん検証が必要です。検証の判断材料とするためにも、宇宙開発の実態をできるだけ多面的に伝えるのがメディアの使命だと思います。それは宇宙開発が「国のカタチ」をも左右する大変重要な分野だと思うからです。