岩井俊二監督を独占インタビュー『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』<前篇>

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【しゃベルシネマ by 八雲ふみね・第259回】

さぁ、開演のベルが鳴りました。
支配人の八雲ふみねです。
シネマアナリストの八雲ふみねが、観ると誰かにしゃベリたくなるような映画たちをご紹介する「しゃベルシネマ」。

8月18日から全国公開となったアニメーション映画『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』。

本作は、24年前にフジテレビ系ドラマシリーズ「if もしも」でオンエアされ、その後、劇場用映画として公開された、岩井俊二脚本・原作・監督による同名のオリジナルドラマが原作となっています。

そこでアニメ映画『打ち上げ花火〜』原作者でありオリジナルドラマの脚本・監督を務めた岩井俊二さんをゲストに迎え、本作の見どころと共に、伝説的名作ドラマの魅力を掘り起こします。


オリジナルドラマとは違うものが観てみたかった。

八雲ふみね〈以下、八雲〉)アニメ映画『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』をご覧になっていかがでしたか?

岩井俊二〈以下、岩井〉)ドラマを作った立場としては、とても不思議な体験でしたね。自分の過去の作品を元に、新たなアニメーション作品が完成するというのは、僕にとっても初めてのことですから。

八雲)岩井さんもご自身の作品をアニメ化してらっしゃいますよね。

岩井俊二

岩井俊二監督

岩井)僕自身、実写をアニメにしてみたいという思いは以前からありました。『花とアリス』の前日譚を自分でアニメ化したり(『花とアリス殺人事件』15年)、『スワロウテイル』の一部をミュージッククリップでアニメにしたり。自分の中では、アニメと実写にそんなに距離は感じてないんですよ。
恐らく、映画を観て映画を作るようになった…というよりは、世代的にアニメから影響を受ける部分の方が大きかったのでしょうね。たまたま実写を作ることにはなりましたが。

八雲)岩井さんは「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」という作品には様々な立場で携わってらっしゃいますね。元のオリジナルドラマは脚本・原作・監督、最新のアニメ映画では原作者。
そして今回、新たに小説も書き下ろしました。

岩井)『打ち上げ花火〜』を劇場版アニメーションにしたいというお話をいただいた時には、好きにアレンジしてもらって構わないと思ってました。僕の中では“こうあらねばならない”という概念はなかったんです。むしろ、オリジナルをそのままアニメーションにするのではなく、違ったものを観たいという欲の方が強かった。お互いクリエイター同士、それぞれの持ち味を発揮してもらって、その変化を楽しみたいと。

八雲)完成したものをご覧になって、その変化に驚いた部分はありましたか?

岩井)意外なシーンが完璧に再現されていたりしましたね。アングルもカメラワークもまったく同じで「ここはオリジナルをなぞったんだろうな」と分かるシーンはありました。ま、それはオマージュということで、わざとそうしたかったのだろうと推察しています。
他には…、やはりヒロインの“なずな”へのアプローチですね。独創的な表現の仕方で、僕のものとは完全に違いました。新房昭之監督のアプローチは、監督独特の世界観の中で肉薄していく感じが「化物語」に近かったかな。

打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?

映画「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」のワンシーン なずな

八雲)オリジナルドラマとアニメでは、登場人物たちの設定が小学生から中学生に変更されています。その影響もあるのでしょうか?

岩井)そうですね。
登場人物の設定は、制作がスタートした早い段階で「変えます」という話を受けました。同じ小学生の設定でやると(オリジナル)と重なってくる部分も大きいので、変えた方がいいと僕も思いました。

八雲)劇場アニメ『打ち上げ花火〜』は、オリジナルドラマを入口にしながらも、まったく別のアプローチでその世界観を追求していくところに面白みを感じました。後半になればなるほど、自由に羽ばたいていくような躍動がありましたね。

岩井)よく「原作を読んでから映画を観るか、映画を観てから原作を読むか」という議論がありますけど、同時発売ならいざ知らず、人気コミックの映画化となると、もうみんな読んでいてその内容を知ってるじゃないですか。

八雲)はい、しかも結末まで。

岩井)原作をそのまま映画化してしまうと、映画を観ることはただ確認するだけの作業になってしまう。一方、お客さんの心理には、自分たちが知らない“まっさら”なモノを観たいという思いもあるわけで、そこで矛盾が生じるんですよね。
だからこそ、「見たことがある」という既視感と「見たことがない」という未視感。デジャヴとジャメヴ、それをどう作品の中に織り交ぜて観客を楽しませるか…ということが大切になってくるんじゃないかと思います。


“if もしも”の設定を使わずに「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」の世界を成立させる。

岩井俊二 八雲ふみね

インタビュー中の岩井俊二監督(左)と八雲ふみね(右)

八雲)映画の公開に先駆けて、小説「少年たちは花火を横から見たかった」を上梓されました。24年の歳月を経て「打ち上げ花火〜」の原点ともいえる物語がよみがえったわけですが…。

岩井)劇場版アニメのノベライズを(脚本の)大根仁さんが書くので、オリジナルドラマでも劇場用でもない、新たな「打ち上げ花火〜」のストーリーを書いてくれというリクエストを受けました。
かなりハードルの高いオーダーで(笑)。

八雲)そうなんですね(笑)。

岩井)それならば、「if もしも」(※)のドラマを書き起こす前にボツになったものがあったので、それを紐解いてみようかなと。
で、さらにその原点となった企画書だけが存在していた物語があって。
学生時代から自分の中で温めていた話で、僕の中で眠っていたストーリーと劇場版アニメとドラマにも出てくるストーリーをミックスしてみようと。

(※)「if もしも」1993年フジテレビ系で放送されていたオムニバスドラマ。第1話「結婚するなら金持ちの女かなじみの女か」から第18話まで、人生の選択の分岐点をテーマに2つのラストを物語の中に描くドラマシリーズとして人気を博した。「打ち上げ花火〜」はその中の一篇として放送された。

八雲)小説の世界観は、オリジナルドラマをさらに掘り下げたような印象を受けました。

岩井)その中で特にこだわったのは、小説では“if もしも”という設定は使わないということ。まぁ、ドラマの脚本を書く時からそれにチャレンジして、結果、ボツになってしまったんだけど。

八雲)ドラマのコンセプトからズレてしまいますからね(笑)。

岩井)「if もしも」の脚本を書いている段階から、“if もしも”という設定を使わなくても「打ち上げ花火〜」という話を書けるはずだと思っていたんですよ。で、これをなんとか実現したいなと。それでこの小説を書くお話をいただいて、何を書こうか考えたときに、ひとつの斬り口として見出したんです。

八雲)実際に書いてみて、いかがでしたか?

岩井)それが、すんなりと入れたというか。『花とアリス殺人事件』を手がけている時も、同じような感覚だったかな。こういうことって時々あるんですけど、最初に「打ち上げ花火〜」という物語と向き合ってから何十年も経っているのに、まったくタイムラグを感じなかったんですね。

八雲)なるほど…。

打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?

テレビドラマ「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」のワンシーン トランクのそばに立っているのは主演の奥菜恵

岩井)小説を書き進めるうちに、ドラマの撮影をしていた日々がついひと月ぐらい前の出来事のように感じられて。「あんなコトがあった、こんなコトがあった」と、いろんなことが思い出されて。
しかも「打ち上げ花火〜」を書いていた時期からさらにチャネリングして、自分の幼少期の記憶にダイブして、一気につながっていくような感覚を味わいました。自分がカブトムシに興味を持っていたような年代に戻って、そうすると自然と田んぼの匂いやあぜ道の匂い、海の匂いを思い出して。気がついたら子ども時代にいるような感覚に包まれながら書いてましたね。


子どもが持つ“不変”と向き合う“覚悟” その1

八雲)「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」は、少年から青年になる繊細で瑞々しい時期を切り取った、友情と初恋の物語。
24年前に描かれたストーリーが、劇場版アニメーションとして現代によみがえる意味について、岩井さんはどのようにお考えですか?

岩井)振り返ってみると、小学生時代のストーリーって「打ち上げ花火〜」以来、あんまりやってないんですよ。もう少し成長した年代のものはあるんですけどね。
じゃあ、なんであの頃「打ち上げ花火〜」だったのかな、と。
当時は『スタンド・バイ・ミー』とかラッセ・ハルストレム監督の作品とか『ニュー・シネマ・パラダイス』とか、幼少期の少年少女を描いたものが世界的に多かったので、その流れに乗ったと言えば乗ったと思うんだけど…。

八雲)え、流行に乗っかったってことですか?

岩井)うん、今回改めてこのテーマに踏み込んでみて、少年少女のストーリーをトレンドとして捉えていた自分にすごく後悔してて(笑)。

打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?

映画「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」のワンシーン 典道

八雲)(笑)。

岩井)でも日本では、少年少女の物語、いわゆるジュブナイルものってこの20年ほど、流れが途絶えているような気がするんですよね。まぁ、なくはないと思うし、アニメの世界では相変わらず描かれてはいるんですけど。
幼少期の少年少女を描く必然って普遍的なテーマだし、太古の昔から描かれ続けているものだと思うんです。だって、子どもが大人になる過程、そのポイントっていくつかあるけど、小学生の頃の“目覚め”は、いちばん最初のポイントですよね。

八雲)作品に焼き付けるにしても、とても稀な瞬間だと思います。

岩井)そこにスポットを当てるというのは、作り手冥利に尽きることで。
でも当時の自分は、そこにフォーカスを当てることの重要性に今ほど気付いてなかった。
いかに勿体なかったかと思うわけです。

後篇につづく

岩井俊二監督を独占インタビュー『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』<前篇>

岩井俊二

1963年生まれ、宮城県出身。
1993年「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」で日本監督協会新人賞を受賞。テレビドラマでの受賞者は異例。
初の劇場用長編映画となる『Love Letter』(95年)がアジアで大ブレイク。
その独特な映像美は“岩井美学”と称され、熱狂的な支持を集め多くのクリエイターに影響を与えている。
主な監督作に『スワロウテイル』(96年)、『四月物語』(98年)、『リリイ・シュシュのすべて』(01年)、『花とアリス』(04年)
『リップヴァンウィンクルの花嫁』(16年)など。
また海外にも活動を広げ『New York, I Love You(3rd episode)』(09年)、『ヴァンパイア』(12年)を監督。
2015年には長編アニメーション作品となる『花とアリス殺人事件』に挑み、国内外で高い評価を得る。
復興支援ソング「花は咲く」の作詞を手がける。

岩井俊二 Twitter @sindyeye
iwai shunji film festival http://iwaiff.com/

岩井俊二監督を独占インタビュー『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』<前篇>

打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?

全国東宝系にて大ヒット公開中
原作:岩井俊二
脚本:大根仁
総監督:新房昭之
声の出演:広瀬すず、菅田将暉、宮野真守、浅沼晋太郎、豊永利行、梶裕貴、三木眞一郎、花澤香菜、櫻井孝宏、根谷美智子、飛田展男、宮本充、立木文彦、松たか子 ほか
©2017「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」製作委員会
公式サイト http://uchiagehanabi.jp/

花火があがるとき、 恋の奇跡が起きる…。
繰り返す夏休みの1日、中学生たちの青春ファンタジー。

岩井俊二監督を独占インタビュー『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』<前篇>

少年たちは花火を横から見たかった

岩井俊二 角川文庫
本体480円(税別)
関連サイト http://www.kadokawa.co.jp/product/321701000338/

やがてこの町から消える少女なずなを巡る典道とその仲間の少年たち。
少年から青年になる時期の繊細で瑞々しい時期の友情と初恋の物語。

岩井俊二監督を独占インタビュー『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』<前篇>

「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」実写豪華版Blu-ray BOX

監督:岩井俊二
主演:山崎裕太・奥菜恵
品番:NNB-0001
発売・販売元:ノーマンズ・ノーズ
価格:¥7,400(税別)
関連サイト http://www1.enekoshop.jp/shop/iwaiff/

連載情報

Tokyo cinema cloud X

シネマアナリストの八雲ふみねが、いま、観るべき映画を発信。

著者:八雲ふみね
映画コメンテーター・DJ・エッセイストとして、TV・ラジオ・雑誌など各種メディアで活躍中。機転の利いた分かりやすいトークで、アーティスト、俳優、タレントまでジャンルを問わず相手の魅力を最大限に引き出す話術が好評で、絶大な信頼を得ている。初日舞台挨拶・完成披露試写会・来日プレミア・トークショーなどの映画関連イベントの他にも、企業系イベントにて司会を務めることも多数。トークと執筆の両方をこなせる映画コメンテーター・パーソナリティ。
八雲ふみね 公式サイト http://yakumox.com/

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