獣医師からペットロスのカウンセラーに転身。愛猫が誘った新境地
公開: 更新:
【ペットと一緒に vol.66】
小学生の時に愛猫を看取ったことがきっかけで、獣医師を志した宮下ひろこさん。犬や猫を診ていた獣医師になって7年後、ペットロスを専門にするカウンセラーへと転身をします。宮下さんをカウンセラーの道へと導いた愛猫の秘話と、カウンセラーとしての日々に迫ってみたいと思います。
腕の中で愛猫を看取った小学生が志した、獣医師
宮下さんが獣医師を志したきっかけは、小学3年生の頃に愛猫のしろちゃんを腕の中で看取ったことでした。ちょうど独りで留守番をしていた時に、生後8カ月のしろちゃんの容態が急変してしまったのだとか。
「今思えば、ウイルス感染症だったと思います。最期はけいれんを起こしてとても苦しそうで、しろちゃんが舌を噛んでしまわないようにと、私自身の指をしろちゃんの口の中に入れていました。無力な自分が情けなくて、『ごめんね、ごめんね』と言いながら泣いていましたね」と、宮下さんは当時を思い出します。と同時に「動物を助けてあげられる大人になりたい」という思いを、その時に固めたのだとも振り返ります。
その後、初志貫徹して獣医師になった宮下さんは、首都圏の動物病院に勤務して、犬や猫などの小動物の臨床医になりました。ところが、途中で臨床医としては現場を離れ、ペットロスや動物病院従事者のカウンセラーに転身。
「獣医師として担当した飼い主さんとは、ペットを看取るところまでお付き合いをしていました。飼い主さんと深く関われば関わるほど、ペットが亡くなる場所や治療方針などがベストな選択だったか、考えるようになりました。そのことについて、飼い主さんが担当獣医師と言葉を交わしたいのであれば、じっくりと聞いて受け止めて、飼い主さんが納得できたり気持ちを整えたりするお手伝いができればと、思うようになったんです」(宮下さん)。
ペットが亡くなったら飼い主さんとのお付き合いが終わりになるのではなく、その後も飼い主さんの気持ちをサポートしたいと、宮下さんは心理カウンセリングを学ぶ決意を固めたのです。
そこで、臨床医をしながら、日本ペットカウンセラー協会(※現在はありません)のセミナーを受講するために、首都圏から大阪まで通ったりもしたそうです。
「“飼い主心理学”や、ペットを家族の一員として“家族療法”をするための知識などを得られて、大変よい学びになりましたね」と、宮下さん。
その後は、同じ協会で学んだ仲間とともに行った飼い主さんへの相談業務などを経て、現在は千葉県内2カ所の動物病院専属のカウンセラーとして、ペットロスのカウンセリングを行っています。
獣医師の経験が導いた、カウンセラーへの道
約7年間、動物病院でペットロスのカウンセリングをしてきた宮下さんが印象に残っているのは、「『愛犬は動物病院が好きだったので、亡くなったあともカウンセリングを受けに通うことで、動物病院が愛犬と別れた悲しい思い出の場所ではなくなりました』と、心境が変化された方です」とのこと。
ペットの失い方には、安楽死などもあります。治療方針や介護方針、安楽死に関して、家族で意見が異なるケースもめずらしくありません。動物病院でのカウンセリングは、飼い主さんの感情や気持ちを吐き出す機会を設けるという意味でとても意義深いのだと、宮下さんは語ります。
宮下さんは、人の心の状態が動物の心にも影響を強く与えることも、自らが獣医師として働いていた時代やカウンセラーとして動物病院に通ううちに実感したとも言います。
「獣医師や動物看護師の仕事は、日常的に動物の生死に関わるため、精神的ストレスが高いと言われています。彼らがストレスを抱えていると、動物病院を訪れる動物たちに良い影響を与えることができません。なので、動物たちのためにも、動物医療関係者のストレスを軽減するためのカウンセリングの必要性を感じるようになりました」。そこで、宮下さんは産業カウンセラー(一般社団法人 日本産業カウンセラー協会認定)の資格も取得。動物医療関係者のメンタルヘルスのサポートも行っています。
ペットロスの“お話し会”を実現
宮下さんは2017年、念願だった“ペットロスセルフケア サポートの会”を立ち上げて開催しました。これは、ペットロスを経験した方が集まって語り合う会だそうです。ペットロスに関する基礎知識の講義と、悲しみを共有する時間との、約2時間で構成されます。
「これまでの参加者からは、『悲しみを出せる場所があってよかったです』、『ペットロスの状態から無理に抜け出す必要がないのだと知り、気持ちが楽になりました』、『ほかの方の経験が自分の経験とよく似ていて共感できました』、『ペットのことだけでなく、自分自身の死生観やペットとのつながりを考える機会を与えられた気がします』といった感想が寄せられています。ペットロスは、特別なことではありません。ペットロスに関する知識があると、ペットロスで長く苦しむ状態を軽くする手助けはできると思います。そのことを知っていただきたくて、この会をライフワークのひとつとして続けていきたいですね」と、宮下さんは語ります。
実は宮下さん自身も、ペットロスに関する勉強をしていたときに、14歳の愛猫を失った経験があります。
「私は、あまり人に多くを語るタイプではないんです。愛猫を亡くした苦しみや悲しみも、身近な人に話したかったのですが、仕事が多忙を極めていたこともあり、ほとんど人には伝えず黙々と仕事や勉強を頑張っていましたね。辛いときは、仕事を休んだり、泣けるならば思い切り涙を流したりするのも大切だと、学んだ知識からわかってはいるものの、私なりの悲しみの処理の方法は、日常生活を淡々と続けることだった気がします」と、宮下さん。ご自身の経験から、悲しみ方は人それぞれで、似たような状況でも死に関する受け止め方は人によって違うということを知ったのだとか。
「私の場合は、最期の瞬間をリアルに思い出して胸が苦しくなったりする数年間を経て、愛猫のことを思い出すと温かい気持ちになれるように。愛猫がいない寂しさをまったく感じないかというと嘘になりますが、今は感謝の気持ちのほうが強いかもしれません」(宮下さん)。
宮下さんは現在、動物が好きな人と関わる喜びを感じながら仕事をしていると言います。
「小学生の時に腕の中で看取ったしろちゃんは、我が家で世話をしていた野良猫が生んだ初めての子猫でした。しろちゃんが我が家で生まれ、そして旅立っていったからこそ、今いる私もいるのだといつも感じます。しろちゃん、そしてティキに対して抱いた思いが、カウンセラーとしての今の私にもつながっている気がします」。
そう語る宮下さんと、宮下さんに心を癒される飼い主さんとを、しろちゃんとティキは天国で見守りながら、これからもずっとつないでいくことでしょう。
※ペットロス相談に関しては;
アシストヒューマンリレーションズ
※ペットロスセルフケア サポートの会に関しては;
https://ameblo.jp/assist-relation/entry-12341471183.html
連載情報
ペットと一緒に
ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!
著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。