【ペットと一緒に vol.81】
20~30年前、裏山で捨てられた犬や猫を拾っては大切に育て、自分たちの家族にしたり新しい家庭を探してきた少女がいました。現在、都内で保護猫カフェ“しらさぎカフェ”を運営する、獣医師の常安有希さんです。
今回は、動物たちのために有希さんが実現した夢と、理想とする世界を追ってみたいと思います。
「なんで捨ててしまうんだろう…」と嘆く少女は
有希さんは幼い頃から「猫を助けたい」という気持ちを抱き続けていました。
「奈良県の実家の裏山は、実は猫や犬を捨てていく人が後を経たない場所だったんです」と語る有希さんは当時、山中に繋がれたまま飼い主が姿を消してしまった雑種犬2頭と、山から救い出した猫を7頭以上は飼っていたと言います。
「さらに、我が家で捨て猫を育てていると知った人が、鳥カゴに生後間もない子猫を詰めて玄関前に置いていったり……。母とふたり、今で言うところのミルクボランティアをして子猫の離乳まで育てて、それから里親を探したりしていました」。
捨てられた理由が、病気で面倒を見きれなくなったと推測される猫は、お母さまと一緒に動物病院まで連れて行ったそうです。
「治療の施しようがなくて死んでしまった猫もいます。でも、通院するうちに元気になっていった猫も。母と一緒に『良かった~!』と手を取り合ったことも少なくありません」。
多くの猫の命を救った獣医さんを身近で見ていた、有希さん。「私も、捨てられた動物たちを救いたい。動物に対する悲しい側面をなんとか改善していきたい」と、高校に進学してからは獣医師を志すようになりました。
あるボランティアさんの存在がきっかけに
幼い頃からの夢を叶えた有希さんは、首都圏の同じ獣医大学を卒業した獣医師の夫と、約15年前に動物病院を開設。愛護団体に保護される犬や猫の健康診断や治療や避妊・去勢手術などを積極的に行ってきたそうです。
「本当は、もっと積極的に保護猫の飼い主さん探しなどにも関わりたかったんです」と、少しのモヤモヤを抱えながらの有希さんの獣医師生活に転機が訪れたのは、開業から10年近く経ったある日のことでした。
「北関東の動物愛護センターから、殺処分される運命の猫を引き出しては治療に連れて来られていた50代の患者さんご自身が、白血病で他界されたんです。私はその方のサポートやフォローを行っていたにすぎない立場でしたが、『今がタイミングなのかも。遺志を引き継ぎたい』と強く思いました」。
そこで、夫と相談して動物病院に併設する“保護猫カフェ”を作ることに決めたのだとか。
こうして、特定のボランティアさんから預かった猫と客とが触れ合える、里親募集型の“しらさぎカフェ”が誕生したのです。
「奈良の母からは、『これでやっと、あの頃の夢がカタチになったわね』と開店を祝ってもらいました」と、有希さんは笑います。
次なる夢への一歩でもある、猫カフェ
カフェの来客は、保護猫を家族に迎えたいと思っている方ばかりではありません。
「『新入り見せて~』と、定期的に訪れる常連さんがいます。それから、『心に、猫が足りないんです』と言われる方もいるんですよ。猫と触れ合うことで、心が満たされると聞きました。その感じ、すご~くわかります」(有希さん)。
ほかには、猫写真の撮影が趣味という方、猫を飼えないから猫カフェで触れ合いたい方、猫を飼える住居に引っ越す前にシュミレーションがしたいという方、自分の運命の保護猫にめぐり合いたいと探し続けている方などが訪れるそうです。
筆者が訪れた日は、生後1カ月のムロくん(仮名)が、元気いっぱいにカフェ内を走り回っていました。筆者がおもちゃを揺らすと、目を丸くしてじゃれつく姿のかわいらしいこと! 筆者の心はすっかりムロくんに奪われてしまいました。
「実際に触れ合う前にブログを見て、すでに『ドキュンと、一目惚れをしました』と、会いに来る方もいますね。ムロくんは一目惚れされやすいタイプですが、逆に、成猫や老猫で個性的なタイプでも、それぞれの性格に合った飼い主さんが最終的には見つかるのが不思議だしステキだなぁ~って、カフェを始めて実感しています」と、有希さん。
しらさぎカフェから巣立っていった猫たちは、この6年間でおよそ80頭。
今でも、病気の予防や治療、ペットホテルの利用で訪れる猫も多いそうです。
「里帰りした気分かな(笑)? 猫ちゃんも慣れ親しんだ場所だから緊張感も少ないし、飼い主さんも安心して通ってくださるのがうれしいですね」と、エプロン姿の有希さんは微笑みます。
猫カフェでは、常安家の愛猫のあなごちゃんもお客さんをもてなしています。
「美猫なので(笑)、あなごを引き取りたいという方も少なくないんですが、将来は自力での排泄が不可能になる可能性が高いので、このコは我が家に残したんです。ほかにも、病気などのハンデがある猫はうちのコになりました」と語る、有希さん。
獣医師という仕事や猫カフェをつうじて、将来は、そもそも保護猫がいないような“生まれながらに幸せな猫”ばかりになる世界の実現を目指して、活動を続けていくとのことです。
連載情報
ペットと一緒に
ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!
著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。