【ペットと一緒に vol.79】
「犬に負担をかけないトリミングをしたい!」と、“ハートフルトリミング”をスタートさせた、細野栄作さんと明子さんご夫妻。もとは臆病だったり攻撃的だったりした犬たちも、今は喜んでハートフルトリミングに通っているとか。アメリカ訪問でヒントを得て、試行錯誤を重ねながら現在のスタイルに至ったトリミングへの、夫妻の挑戦の物語をお届けします。
ハートフルトリミングとは!?
ハートフルトリミングの名づけ親は、ご夫妻で経営するDog’s home SUNKSのドッグトレーナーである栄作さん。
「犬がトリミングを好きになるような、心のこもったトリミングのことです」と、その由来を教えてくださいました。
「最大の特徴は、ドッグトレーナーとトリマーのダブルチームで行っていることで、サロンでの出迎えから見送りまで、犬目線で進められるんですよ」と、妻でトリマーの明子さんは語ります。
「トリマーは接客も仕事のうち。なので、飼い主さんに『こんにちは~! 今日も○○ちゃん、元気そうですねー』と高い声でワンちゃんに近づいていく癖が、20年近いグルーマー歴でついていたんですが、あとから『それじゃぁ犬が怖がっちゃうぞ』と、夫に怒られました(笑)」と、明子さん。
犬社会では、目を見て正面から近寄るのはマナー違反。シャイな犬にとっては、初対面の人から見つめられたり勢いよく大声で近づかれたりするのは恐怖体験になり、それがきっかけでトリミングサロンが苦手になることも。
「とにかく、スタートラインがとても大切なんです。それぞれの性格が違うので、その犬にとってのベストを見極め、犬に失礼がないように『はじめまして』の挨拶をしなければなりません」(栄作さん)。
飼い主さんとの初回カウンセリング中、犬を屋外のドッグランやトリミングルームに放しておき、犬が慣れるまで時間をかけるケースも多々。犬が栄作さんか明子さんに近づいてきたら、おやつをあげてみて、食べられたらようやくトリミングテーブルに載せるのだそうです。
「ハートフルトリミングのもうひとつの特徴が、食べ物を使うことです。緊張しすぎていると、犬は食べる余裕すらありません。おやつを精神状態のバロメーターにしつつ、この空間にいると楽しいと感じられるように導くんです」と、栄作さん。
ほかのサロンで断られていた犬が咬まなくなった!
食べ物を使ったハートフルトリミングが功を奏した例が、ほかのトリミングサロンでは断られていたような、咬み行動の激しい犬がトリミングに身をゆだねるようになったことだと言います。
「怖がりな犬は食べる勇気すら湧かないものですが、咬むタイプの犬はたいがい食べてくれます。おやつを使ったり、トレーニング的に様々な技を駆使して、時間をかけてトリミングは楽しいよ~って教えていくんです」と、栄作さんは語ります。
「1~2カ月に1回の頻度のトリミング開始から、5回目にはほとんどのコが咬まなくなりますね。最初は休憩を入れながら所要5~6時間かかっていても、5回目には3時間を切るようになります」と、明子さん。
咬む犬の飼い主さんは、最初はどなたも「本当にうちのコ……、大変ですみません」と、何度も頭を下げて来られるとか。初回が終わると「次回も受け入れてくださるんですか?」と驚かれるとも。
「ところが気づけば途中から『いつも本当にありがとうございます』と笑顔を見せてくださるように。なにより、犬が喜んでここに来てくれているのがわかるので、私たちも本当にうれしい気持ちでいっぱいになります」と、細野夫妻は声を揃えます。
アメリカの時短テクも採用
ハートフルトリミングを始めようとしたきっかけは、アメリカのトリミングに触れたことだと言います。
「1時間でプードルを仕上げたのを見て、驚愕でした! 被毛をすばやく乾かせるジェットドライヤーやブロアー、スピーディーにできる電動爪やすりなど、時短アイテムも多種多様。グルーミングでの犬の負担を軽減するために、これは大いに役立つと実感しましたね」と、明子さんは振り返ります。
帰国後、トリミングにトレーニングの技法を取り入れている、保護犬のボランティアトリマーを目の当たりにしたとき、細野夫妻は自分たちの目指すスタイルに大きなヒントを与えられました。
「途中、頭がぐちゃぐちゃになって悩んだ時期もありました。ところが、応用行動分析学に基づいた“ハズバンダリー・トレーニング”という、動物に強制することなく、動物に協力してもらいながらケアをするトレーニング法を知って学んでから、一気に目指すゴールに近づけましたね」(栄作さん)。
ハートフルトリミングを始めてから約4年。途中、明子さんは産後2カ月から息子さんをおんぶしながらトリミングをしていた時期もあったそうです。
「でも、『ここのおかげで、愛犬もトリミングできるようになってよかった~』と微笑む飼い主さんたちの姿が目に浮かんで、早くトリミングに戻りたくて(笑)」。
「自分たちもずっと犬と生活してきて、犬が大好きです。だから、全国の犬たちがトリミングを心地よく受けられるようになってもらいたい。そのために、ハートフルトリミングのようなスタイルがもっと広まってほしいとも願っていますし、役に立てることがあればなんでも協力していきたいとも思っています」と、細野夫妻は最後に力強く語ってくださいました。
連載情報
ペットと一緒に
ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!
著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。