4度の流産の心の傷を癒してくれた、3頭の犬のチカラ
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【ペットと一緒に vol.74】
シンガポールで3度の流産をして心沈んでいた、かおるさん。そんな異国の地でのつらい経験から立ち直るきっかけをくれたのは、シンガポールで出会った1頭のタワシのような茶色い子犬でした。今回は、3頭の愛犬に助けられた、かおるさんの約10年間を振り返ります。
異国の地で3回の流産
30歳で結婚したかおるさんは、31歳の時に夫の転勤に伴ってシンガポールへ。
現地ですぐに初めての妊娠をしました。ところが妊娠9週目で流産。
半年後、再び妊娠したかおるさんでしたが、この妊娠でも6週目で胎児の成長が止まってしまいました。
「落ち込みましたね。インターネットで調べて、もしかして不育症なのかもしれないと、病院でできる限りの検査をしてもらいました。でも、ホルモンの数値など問題は見られませんでした」と語る、かおるさん。2度の流産を経て1年後に、3回目の妊娠をしました。「ちゃんとお腹の中で赤ちゃんが育ってくれるか不安ばかりが頭をよぎり、本当にハラハラしながらの生活でした」が、またもや7週目で流産をしてしまったのです。
「しかも、手術で胎児を子宮内に取り残してしまうというミスまであり、体力もなかなか回復せずに心身ともに疲弊してしまいました。『なんで私ばかり、何度も流産するんだろう。私は未熟すぎて親になる資格がないのかな?』と思いつめて自分を責め続けて、頭部に10円ハゲまでできて……」。
その後、かおるさんはつらい経験を誰にも話せずうつに近い状態になってしまい、異国の地で引きこもりがちになったそうです。
どん底の気分で過ごしていたかおるさんを救ったのは、1頭の犬でした。
「気分転換にと、夫がペットショップに連れて行ってくれたんです。結婚しても犬と暮らしたいと考えてはいましたが、さすがに海外で飼い始めるのはどうかなって。でも、夫が背中を押してくれたんですよ。夕食中に突然『ケージの左上にいた、なんか茶色いタワシみたいな子犬が気になるんだよね。明日にでも見に行って値切って来てよ』と(笑)」。東南アジアには、なんでも値切るという文化があるのと、犬を飼った経験のない夫が気に入った犬ならばうまく暮らしていけるかと思い、かおるさんは翌日からペットショップに足を運び、タワシ犬の値段交渉に励んだそうです。
「タワシ犬は、ノーリッチ・テリアと言う犬種でした。シンガポール内でも、富裕層や駐在の外国人向けにブリーダー経由で仕入れた純血種を扱うペットショップだったので、日本のペットショップでも見たことのないノーリッチ・テリアを置いていたのでしょう」と、かおるさんは分析します。
値切ったとはいえ、シンガポール人の初任給よりもはるかに高い値段で手に入れたタワシ犬は、かおるさんの名前から「ル」をもらい、マサルくんと名付けられました。
フレンドリーな性格の愛犬に導かれて
「マサルが来て、私のシンガポール生活は急に忙しくなりました。テーブルの脚はかじるし、スリッパをくわえて暴走するし……。てんてこ舞いですよ、もう(笑)」。
高温多湿のシンガポールでは、ヨーロッパ原産の犬種は皮膚病や熱中症になりやすいため、かおるさんは早起きをしてマサルくんを早朝散歩に連れて行くようにもなりました。
「すると、『なんていう犬種なの?』、『フレンドリーでかわいいね~。男のコ?』などと、公園で早朝にジョギングや散歩をしている方々が話しかけてくれて。同じコンドミニアムに暮らす犬友もできたんです」。
かおるさんの犬友は、オーストラリア人、中国人、ヨーロッパの方など、国際色が豊か。ペットシッター兼ドッグトレーナーのシンガポール人とも仲良くなったと言います。
マサルくんのおかげで、かおるさんの英語力がアップしたことは言うまでもありません。
「駐在ファミリーの自国への帰国が決まると、戸建ての犬友の家にみんなで集まってお別れ会を開いたりして、しょっちゅう集まっていましたね。気づけば、私の毎日には笑顔が増えて、心の傷も癒えていました」(かおるさん)。
もちろん、マサルくんの帰国前にもお別れパーティを開催してもらえたそうです。
気がつけば3頭の飼い主に!
5年半のシンガポール生活を終えて帰国したかおるさんは、東京で仕事を再開することにしました。
「でも、マサルをひとりで留守番させるのをかわいそうに感じてしまって……。夫と相談した結果、マサルの仲間を探そうという話になりました。そうして、マサルと同じような風貌ですが、耳が垂れているノーフォーク・テリアのミノルを迎えたんです」。
マサルくんとミノルくんは、活発なテリア種同士で、性格も体格も似ているため、すぐに良き遊び相手になったそうです。
「自宅内でプロレスごっこみたいにじゃれあっている姿を見ると、本当に微笑ましかったですね。でも、賃貸マンションの扉に穴を開けたり、ミノルには室内トイレの失敗があったりと、ハプニングも続出しました」と、かおるさんは笑います。
「それでも、初めて犬を飼った夫も、多頭飼育の楽しさにすっかりハマってしまって(笑)。今ではもう1頭、ノーリッチ・テリアのメルが増えて、3頭に囲まれてにぎやかに暮らしています」とのこと。
ふと見ると、ひとつのクレートに2頭が一緒に入っていたり、マサルくんがメルちゃんの世話してあげていたりする様子を見ると、かおるさんも心がほっこりすると言います。
週末はかおるさんの夫が散歩を担当していて、2時間以上かけて3頭と遠くの公園まで行くのが楽しみだとか。平日の夕方は、仕事から帰宅したかおるさんが1時間以上、3頭と散歩をしているそうです。
「節約のために自分たちで行う、犬たちのシャンプーやトリミングも楽しくて! お世話は大変ですが、まったく苦ではないんです。3頭との暮らしになって、楽しさは3倍以上です」と、語ってくださいました。
実は、3頭暮らしになってから、かおるさんは初めての不妊治療を乗り越えて4度目の妊娠をしましたが、4度目の流産を経験したそうです。
「つらくて暗い気持ちでいた私に乗り越える力をくれたのは、やはり、そばにいてくれた3頭の愛犬でした。いつもと変わらない明るい態度で接してくれて。膝に乗ってくれば、あたたかくて」。
そう語るかおるさんは、実は今夏に出産予定で、5度目の妊娠の安定期に入ったそうです。
「マサルはしっかり者のお兄ちゃんで、頼もしいまとめ役。ミノルは、マイペースでおっとりした次男坊。メルは、いつもニコニコ&ヘラヘラしている天真爛漫な女子。夏に生まれてくる私たち夫婦の赤ちゃんは、次女か3男坊になるかわかりませんが、3頭とどんな関係性を築いていくのかな?」と、かおるさんはお腹をさすります。
きっと、犬たちのおかげで笑顔にあふれる一家のなかで、かけがえのない経験を重ねながら、心豊かに育っていくに違いありません。
連載情報
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著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。