トヨタ決算会見、新たな「トヨタらしさ」とは?
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【報道部畑中デスクの独り言 第58回】
「当期の連結決算につきましては、売上高29兆3,795億円、純利益2兆4,939億円」
5月、今年もゴールデンウィークの前後で各企業の決算発表が相次ぎました。中でも注目されたのは自動車国内最大手のトヨタ自動車、冒頭の売上高、純利益はともに2年ぶりに過去最高、やはり堂々たる数字です。しかし、そんな中でも危機意識を緩めることのないこの会社、さらなる原価低減に取り組むと言います。
さて、そんなトヨタの決算会見、今回も新たな試みがありました。前回2月の決算でも生産現場担当の役員が出席するという試みがありましたが、今回は二部構成。一部は主に副社長による決算発表、二部は豊田章男社長によるスピーチとなりました。「(一部の決算発表で)しっかり数字をつかんでいただいて、二部で豊田章男社長の会社に対する思いとか、自分の夢を語っていただこう」(小林耕士副社長)というのが理由だということです。
「たゆまぬ改善という“トヨタらしさ”があらわれ始めた決算。これからは“トヨタらしさ”を取り戻す戦いになる」
会見で豊田章男社長はたびたびこの「トヨタらしさ」を強調しました。そして具体的にはトヨタ生産方式=TPSと、原価低減を挙げています。
このほかにも「自動車産業は“100年に一度”と言われる“大変革の時代”。“未知の世界”での“生死を賭けた闘い”が始まっている」「“自動車をつくる会社”から“モビリティ・カンパニー”にモデルチェンジすることを決断した」「いくら先端技術、先進技術をつけたからと言って、車の価格は市場とお客様が決めることである」…これらのフレーズは用意周到に大変に練り上げられたものだったと感じます。トヨタの今後の覚悟と、ユーザー第一の姿勢を端的に表していました。
一方、会見では少し気になる言葉もありました。記者からの「TPSと原価低減だけでInnovation(技術革新)は生まれるのか?」という質問に対し、豊田社長は次のように答えました。
「トヨタの歴史を振り返ると、Imitation(模倣)から始めたのではないのか。自動織機もそうだった。自動車もそうだった。そのImitationをImprovement(改善)に変えたのではないか。いわば改良を重ね、そして結果としてInnovationにつながってきた。Innovation、Innovationと語っていること自体がトヨタの一つの弱みになってきたのではないか」
そして、次のように締めました。
「トヨタの原価低減とTPSを基本動作として一人一人が身に着け、“Imitation何が悪い、Improvement何が悪い、結果、Innovationにつながっていく”ようなトヨタに変革していきたい」
企業は大きくなると往々にして「お高く留まってしまう」ものですが、あくまでも先人から学び、改善を怠らないという初心を忘れぬ謙虚な姿勢は、トヨタの強さ、すごさの源泉なのでしょう。豊田社長の本心もそこにあるのだと思われます。一方で「Imitation何が悪い」…言葉尻をとるのは記者の悪い癖ですが、この言葉に少し残念な気持ちになる自分がいました。
日本の自動車業界は戦後、多くが海外メーカーと提携、車両を国内で生産(ノックダウンと言います)することで技術を獲得していきました。日産はオースチン、いすゞはヒルマン、日野はルノー…こうした中、トヨタは海外メーカーに頼ることなく“自前”で技術を蓄積していきました。実際には海外の車を分解し「見よう見まね」でつくり上げていったわけですが、その苦労の中で1955年、戦後の純国産乗用車の嚆矢と言える「初代クラウン」が発売されました。トヨタのすごいところは当初は厳しい批判を浴びながらも、いったん出した車は決してあきらめず、たゆまぬ改良により育てていくことです。会見にも出ていた「クラウン」「ランドクルーザー」「カローラ」「ハイエース」といったロングセラー車はまさにその典型と言えましょう。
一方で、模倣と改善、そして持ち前の販売力によって先駆者のお株を奪い、マーケットを席巻してしまった例も数多くあります。以前も触れたことがありますが、確かに後発の車は、先駆者を研究し尽くすことで、豊田社長の言う「もっといいクルマ」になっているのでしょう。また、商品力を維持する先駆者の努力が足りないという側面もあるかもしれません。しかし、このような手法でマーケットを席巻するやり方は、果たして尊敬されるものでしょうか? 発言からはトヨタのそうした姿勢が感じられてしまうのです。こうした考えは今後、より大きな「模倣勢力」が現れた時、逆に飲み込まれてしまうのではないかという懸念さえ出てきます。
海外に目を向けると、例えばメルセデス・ベンツやBMWの各シリーズ、VWゴルフ(いずれもドイツ車ですが)は自ら信念を持ち、モデルチェンジごとにライバルを大きくリードし、世界の「ベンチマーク」的存在になっています。トヨタは売上高が30兆円に迫り、純利益が2兆円超の会社です。「模倣を正当化する会社」ではなく、「模倣をされるような会社」を目指してほしいと思うのです。幸い、トヨタにはそうした車がないわけではありません。「初代セルシオ」は「源流対策」と呼ばれる徹底的な部品精度の向上により、海外のメーカーがこぞって車両を分解・研究するなど、世界を慌てさせました。初のハイブリッド車「プリウス」、トヨタ独自のシステムは技術的に現在も他の追随を許しません。そして「ミライ」は世界で初めての燃料電池自動車となりました。
トヨタには売上高、利益、技術力、販売力、そしてそれに溺れない危機意識…死角がないように見えます。遅れていると言われる電気自動車も、これまでの電動化技術の蓄積から、ひとたび舵を切れば、このマーケットでも主導的存在になることが予想されます。その中であえて死角というものがあるとすれば、「尊敬される存在であること」、僭越ではありますが、「企業の“徳”」と言うべきものかもしれません。しかし、それは「ブランド戦略」にもつながっていくものだと思います。
「100年に1度の大変革、生死をかけた闘い」は、きれいごとで済む世界ではないのかもしれません。しかし、だからこそトヨタには日本発祥の会社として、より尊いところを目指してほしいと思います。それが新たな「トヨタらしさ」にもつながっていくのだと思うのですが、いかがでしょうか。