宇宙からのサンプル回収 有人宇宙開発技術への大きな一歩に
公開: 更新:
「報道部畑中デスクの独り言」(第97回)では、ニッポン放送畑中デスクが、今年9月に鹿児島県・種子島宇宙センターから打ち上げられた「こうのとり7号機」の話題を紹介する。
「10時37分に回収船から“カプセルを無事回収した”という連絡が入りました」
「やった!」…今月11日、JAXA(宇宙航空研究開発機構)筑波宇宙センターで行われた記者会見は静かな興奮に包まれました。
今年9月に鹿児島県・種子島宇宙センターから打ち上げられた「こうのとり7号機」。国際宇宙ステーションに物資を運ぶ無人補給機として多くの実績を残していますが、今回は日本初の技術が導入され、その成否が注目されていました。先端に地球に帰還できるカプセルが取り付けられたのです。
これまでの「こうのとり」はいわば「片道切符」。物資を運んだ後は宇宙ステーションから離脱し、燃え尽きることでその役目を終えていました。今回はカプセル内にたんぱく質結晶生成実験、静電浮遊炉によってできたサンプルが封入されました(実験内容については、昨年掲載の小欄の後半部分をご参照下さい)。
サンプルを保護するのは「ペイロード収納容器」と呼ばれる何重もの仕組みです。「魔法瓶構造」を持つ真空二重断熱容器に保冷剤、カプセルに仕込まれたアブレータと呼ばれる熱防護材、数多の緩衝材などで、大気圏突入時にはセ氏2000℃にならんとする高温状態に耐え、かつ内部を一週間程度4℃に保持する役割を担います。断熱容器はJAXAと大阪に本社を持つタイガー魔法瓶の共同開発、JAXAによると、各社に声をかけたところ、タイガーが最も積極的だったそうです。
このように万全の対策は施されてはいるものの、すべてが初めての試みです。宇宙飛行士による軌道上での組立・設置、こうのとりからのカプセル分離はもちろん、パラシュートはうまく開くのか、着水しても沈まず無事に回収できるのか…いくつものハードルが待ち受ける中、一つ一つクリアし、11日朝に日本の南鳥島沖に無事着水。位置を知らせるイリジウム信号を確認した後、船による回収作業が始まりました。
筑波宇宙センターでの記者会見は午前10時半に始まりますが、開始当初、会見者はカプセルの回収を確認していませんでした。おそらく内心はドキドキだったと思います。そしてその最中に回収船からの連絡、カプセルの画像が会見場に大写しとなったわけです。
「日本の宇宙開発の歴史を塗り替えることができた」…植松洋彦HTV技術センター長は語ります。思えば初号機も「ランデブーキャプチャー方式」という画期的な試みがありました。秒速約8キロで進む中、ロボットアームで補給船をつかむという日本独自の方式は当時、「そんなことができるわけがない」と周囲からはバカにされていたそうですが、いまやアメリカの民間補給船にも採用されています。そして今回のカプセルの無事帰還…これは揚力誘導飛行という方法で行われました。ゆりかごのように揺れることで揚力を発生させ、「やわらかくそっと降りてくる」のだそうです。それでも加速度は激しいものですが、8Gと言われる弾道飛行のそれにくらべると半分の4G程度に抑えられるということです。
「冷静にお話になっていますが、お気持ちの中はそうではないと思うんですが…」
記者会見でしばらく淡々とした空気が流れる中、私は改めて心境を尋ねました。
「あんまり感動し過ぎないように敢えて淡々としゃべっていますが(笑)。ずっと開発に携わってきて、必ず見つけてやる、必ず帰って来いという言い方をしていました。帰ってくることがわかっていても顔を見るまでは安心できない、親の気持ちっていうんですかね…感動しましたけど写真を見て…すみません…」
それまで冷静だった植松センター長は声を詰まらせました。抑えていたものがあふれ、“涙腺崩壊”となったようです。
日本の宇宙開発の歴史を塗り替えた技術は、今後の有人活動技術につながることが期待されます。何よりも宇宙から物資を持ち帰る手段は現状、ロシアのソユーズ、アメリカのドラゴンしかありません。日本が「自前」で持ち帰る技術を得たことは宇宙開発における国際競争で大きな武器となることでしょう。
会見から2日後の13日、実験サンプルは無事にJAXA筑波宇宙センターに到着、背中にHTVと書かれたジャンパーを着た関係者が続々と集まります。銀色のクーラーボックスに入った実験サンプルが台車で運ばれて担当者に渡されると、大きな拍手がわきました。今後、サンプルに損傷などの問題はないか、詳細な分析が行われます(ちなみにHTVはH-Ⅱ Transfer Vehicleの略。補給機の正式名でその後「こうのとり」の愛称がつけられました)。
あわせてサンプルを保護した内部の構造も報道陣に公開されました。筑波のJAXA担当者も初めて見る帰還後の姿です。何重にもなった部品を取り出すのですが、なかなか“本丸”が見えてこない、まるでマトリョーシカのようです。技術の粋を集めた部品は機能美さえ感じます。魔法瓶の技術を活用したピンクの断熱容器のデザインはどこか懐かしい、昭和時代の「炊飯ジャー」のように見えました。開発元がタイガーだからでしょうか…「炊きたて」ならぬ「着きたて」の姿がそこにありました。
「この日を迎えられることをずっと夢見ていた。感無量」…こう話したのは田邊宏太・小型回収カプセル開発チーム長。ほとんどダメージを受けていないように思えるということで、詳細な分析が待たれます。
サンプル到着の日、2日前に会見した植松センター長も姿を見せました。「きょうは、涙はなかったですね」という声に対し、「いやあ、あの時はうかつでした」…会見後、周囲には「記者に泣かされた」と冗談を言われたそうですが、この日ははにかむような笑顔を見せました。(了)