トヨタ、未踏の売上高“30兆円”突破にも危機意識は変わらず
公開: 更新:
「報道部畑中デスクの独り言」(第129回)では、ニッポン放送報道部畑中デスクが、2019年5月8日に行われたトヨタ自動車の決算説明会について解説する。
「ついにここまで来たか」…5月8日、トヨタ自動車の決算説明会で配られた資料を見て、思わずため息が出ました。そこには、302,256(単位は億円)…連結決算売上高30兆円突破の数字が刻まれていました。
毎年、ゴールデンウィーク前後は各企業の年度決算発表がラッシュを迎えますが、特に今年は10連休明けの後半が令和に元号が変わって、初めての決算発表だけに大きな関心を集めました。自動車業界国内最大手のトヨタは恒例になりつつある前・後半に分けた記者会見を行い、後半は豊田章男社長も出席しました。
「お客様、販売店、仕入先、従業員、すべての人たちがコツコツと積み上げてきた80年に及ぶ結果だと思う。未来に向けてトヨタの“フルモデルチェンジ”に取り組んだ1年だった。良くも悪くもいまのトヨタの実力を映し出した決算」
30兆円超の売上に対して感謝の意を示した上で、1年を振り返った豊田社長。トヨタの“死角”を聞かれ、「“トヨタは大丈夫でしょう、社長何を心配しているんですか”というのが、私にとって一番危険な言動ではないかと思う」…そこには相変わらずの「危機意識」がありました。
一方、豊田社長の冒頭スピーチでは、自動車業界のキーワードとなって久しいCASE(Connected=つながる車 Autonomous=自動運転 Shared=カー・シェアリング Electric=電動化)の4文字に代表される「100年に1度の大変革」についての言及もありました。そんななか、Connected(コネクテッド)に関するこんな発言がありました。
「これからのクルマは情報により街とつながり、人々の暮らしを支えるあらゆるサービスとつながることによって社会システムの一部になる。クルマ単体ではなくクルマを含めた街全体、社会全体という大きな視野で考えること、コネクテッドシティ(つながる街)という発想が必要になる」
その発言につながる動きが、さっそく決算発表の翌日にありました。パナソニックと住宅事業に関し、共同出資による新会社「プライム ライフ テクノロジーズ」を設立することが明らかになったのです。トヨタとパナソニックはすでに車載電池事業ではタッグを組んでいます。会見の情報が入ったときは電池事業についての提携拡大と推測されましたが、実際は「もっと大きな話」(トヨタ関係者)、住宅事業に関するものでした。
会見では「スマートシティ」「街づくり」「デベロップメントとテクノロジーの融合」というような未来的なフレーズが目立ちましたが、これはいくつか複雑な背景が絡んだ末の提携強化と言えます。決算会見での豊田社長の発言を振り返ると、その謎がいくつか解けて来ます。
「これからはお客様との接点となるラストワンマイルが勝負を分ける時代」
「IoT(インターネットとモノがつながる)の時代」と言われますが、自動車業界も例に漏れず。前述の通り、100年に1度の大変革に向けて、クルマも様々なものがつながる社会になると言われています。
こうした大きな枠組みのなか、トヨタは異業種の連携やグループ再編を通し、「仲間づくりの種まき」をしている状況ですが、これは自動車産業が主導権を維持できるかという危機意識の裏返しでもあります。パナソニックも「脱家電」を目指して、自動車・住宅関連に力を入れています。こうした両社の思惑の一致が、提携強化につながったのは間違いないところでしょう。
一方で、今回の提携強化には「トヨタホーム」「ミサワホーム」「パナソニックホームズ」など、両社の住宅事業の統合も盛り込まれていました。トヨタとパナソニック、この両社はともに住宅部門を持っていますが、自動車メーカー、家電メーカーのなかでは異質な存在であったのも事実です。
「住宅着工は2030年には(現在の)6割になると言われている。新たな次のフェーズに踏み込まなくては、未来はない」(パナソニック北野亮専務執行役員 以下、北野専務)
今後、住宅市場の成長鈍化が予想されるなかで、両社が手を組んで、生き残りを図るというのがもう1つのポイントであろうと思います。
「クルマだけでなく、住宅やコネクテッド事業を自前で持っていることも大きなアドバンテージになると思っている」
豊田社長の発言からは、住宅事業も転じて「武器」にして行くという意欲を感じます。1度決めたことはなかなかあきらめないというのはトヨタの特徴ですが、具体的なものについては「乞うご期待」(パナソニック・北野専務)という状況、鉱脈が見つけられるかどうかは未知数です。
8日の決算会見では、私も豊田社長にあることを尋ねました。それはクルマをめぐる「所有と共有の関係」です。豊田社長はかねてからクルマを「愛車と呼ぶように“愛”がつく工業製品」と話しています。一方、自動車業界はCASE、なかでもS=カー・シェアリングによってクルマは「所有」から「共有」の時代になると言われています。
しかし、ユーザーにとってクルマは所有することで愛着がわくものではないか、時代が変わって「愛のつく工業製品」ははたして維持できるのか…そんな素朴な疑問がありました。
「私がよく言う例は“歯ブラシとタオル”。ホテルに泊まるときに歯ブラシは共有しない。タオルは共有する。この違いは何なのだろうということに尽きる。タオルの場合は共有するにせよ、清潔、安全であることがわからないと共有はしない。歯ブラシは清潔、安全、安心であっても自分の所有であると思う。その辺に答えが隠されているのはないかと思う」
豊田社長の回答はこのようなものでした。歯ブラシは「所有」、タオルは「共有」のたとえでしょうか、実はこの発言はトヨタの自社サイトでも聞いたことがあるのですが、なかなか面白い表現だとは思います。ただ、歯ブラシに愛着を持っている人はどれだけいるだろうか。やはり消耗品の域を出ないのではないか…とも思います。
結局、愛車と所有・共有の関係については豊田社長も「これといった答えは出ていない。トヨタは両方にのって行くという生き方をいまは選んでいる」と結びました。
トヨタの決算、パナソニックとの提携…先週続いた2つの会見は、自動車という枠を超えた産業構造の大きな変化の一端を改めて感じるものでした。同時に「一寸先は闇」…自動車業界のみならず、日本の産業界における“五里霧中”の現状も垣間見えました。(了)