はやぶさ2「令和初の大仕事」に向けて…悩みながらの戦い
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「報道部畑中デスクの独り言」(第136回)では、ニッポン放送報道部畑中デスクが、6月11日に開かれた「はやぶさ2」の記者会見について解説する。
今回は探査機「はやぶさ2」の話題です。2月下旬、探査機にとってはまさに「平成最後の大仕事」となった小惑星「リュウグウ」へのタッチダウン=着陸。あれからはや4ヵ月近く、2回目の着陸に向けての検討作業が続けられています。
5月下旬には機体の高度を約9mまで下げ、着陸の目印となる「ターゲットマーカー」と呼ばれるボールを投下しました。ボールは目標から約3mの地点に落ちたということです。1回目の着陸の際に投下された場所は目標から約15m離れていましたが、今回は誤差わずか3m。精度は大幅に上がったことになります。
「着陸可能な領域に、非常に良い精度でターゲットマーカーを落とすことができた。ターゲットマーカーの位置だけで言えば、着陸できる状態になった」
6月11日、記者会見がJAXA=宇宙航空研究開発機構の相模原キャンパスであり、航法誘導制御担当の大野剛研究開発員は胸を張りました。JAXAでは今後も慎重に検討を重ね、6月25日までに着陸するかどうかを判断・発表するとしています。そして着陸すると判断した場合、6月27日~7月11日の間に行うことも明らかにされました。しかし、まだ結論は出ていません。
「(ゴルフの)グリーンに乗ったという感じ。地形的に1回目の着陸以上のリスクはない」
責任者の津田雄一プロジェクトマネージャはターゲットマーカーの投下について、このように話しました。ハードルを1つ1つ乗り越えていることで、チーム全体としては着陸すべきという空気がまとまりつつあると言います。その上でこのように漏らします。
「技術には自信は持っているが、ゼロリスクでないことをやろうとしている。とんでもなく貴重なものを手に入れたけれど、これを手放すリスクがほんのちょっとでもある場合に、やる覚悟があるのか…」
これまでの順調な成功を積み上げているからこその悩みが、そこにありました。1回目の着陸ですでに小惑星表面の粒子は採取できているとみられますが、2回目の着陸で地中の“フレッシュな”物質を採取できれば、これまた人類初の快挙となります。さらなる高みを狙うのか…決断の日が迫っています。
この日は記者会見のほか、記者懇談会と称する個別取材の機会も設けられました。そのなかでは、初めて知る話もありました。
今後の検討課題として挙げられているのは、「十分安全なタッチダウンシーケンスが設計できるかどうか」「第1回タッチダウンで砂塵により受光量が低下した光学系で支障ないかどうか」の2点になります。
前者は探査機が安全に着陸できるようなプログラムを構築すること。探査機は投下したターゲットマーカーを見ながら最終的に“自らの意志”で自由落下することになりますが、その前に位置をずらしたり、速度を変えたり、様々なパラメータ=変数を調整して最適な設定を行います。また、スラスタと呼ばれるエンジンだけでも12基あります。姿勢制御のためにスラスタをどのタイミングでどう噴射するか、位置設定も三次元の座標軸だけでなく、そのタイミング=時間も加わることから、着陸へのシミュレーションは無数に広がることになります。
1回目の着陸の際は、自由落下の部分だけで約10万通りのシミュレーションがあったと担当者は話します。10万と言えば、前回の小欄でお伝えした交通事故削減支援サービスの話題で、人間の目や車両を認識するために蓄積した画像が約10万枚でした。まさにビッグデータに相当する数字です。
後者はカメラなどの光学機器に汚れなどが付着していることを指します。いわば“レンズの曇り”によって視界が不良になり、その分、着陸の誤差が大きくなる可能性があるのです。JAXAでは仮にその誤差が大きい場合でも、安全な範囲内に収まるようなプログラムを組み、現在、詰めの作業を行っているということです。ちなみに基準を満たさず、危険と判断した場合はアボート=離脱します。
また、現在は着陸目標地点の三次元の精密な地図を作成していますが、岩塊の高さなどに10㎝程度の誤差がある可能性があります。探査機の“脚の高さ”は1mですが、そういった状況でも安全に着陸できるかどうか、日々議論を重ねているということです。
まさに「誤差」との戦いですが、これほどまでの精緻さが要求される探査機だけに、搭載されているコンピュータのCPU(中央演算装置)はさぞかし高性能かと思いきや、メモリの容量はMB(メガバイト)の単位だそうです。ギガではありません、メガです。いまや、われわれが普通に使っているノートパソコンでもGB(ギガバイト)やTB(テラバイト)が普通のところ、意外や意外…なぜ?
宇宙空間では常に放射線にさらされます。GBレベルの大きな容量では放射線に耐えられず、致命的なエラーにつながる「ビット反転(コンピュータは「0」と「1」の二進法。その0が1に、1が0に反転すること)」を起こす可能性があるそうです。こうしたことからCPUは必ず放射線の試験を行うそうです。やはり性能より耐久性というわけです。
前述のように7月11日までが着陸のリミット。太陽との位置の関係で小惑星が今後、高熱になる恐れがあるためですが、着陸さえしなければ探査機の滞在自体は問題ないそうです。着陸の可否に関わらず、探査機は今年(2019年)11月~12月ぐらいまで、ホームポジションと呼ばれる上空20kmの位置に滞在するそうですが、具体的な予定は決まっていません。とにかくいまは、着陸の可否を決める検討作業に全力投球というわけです。
関係者が“願かけ”に「カツ丼」や「カツカレー」を食していることは以前もお伝えしました。5月中旬に異常を検知して機体がアボートした際には、それ以降、店を変えたそうで、科学者ながら願掛けも徹底しています(店に罪はありませんが…)。メンバーの1人は最近、2週間に1度は「カツ」を食すそう。胃もたれするのがもう1つの悩みだそうです。(了)