「ニュースな音」を求めて 音の職人はここにも……
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「報道部畑中デスクの独り言」(第146回)
ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、音声メディアにおいて重要な「音」についての工夫について---
「“音はどこだ?” 現場に行ってまずチェックすること」
ラジオ局の記者は取材現場に行くと、まず確認することがあります。それは何が「ニュースな音か」ということ。ニュースの当事者にマイクを向けて話を聞くこと、もちろんこれも大変重要ですが、その他にも音という音がニュースになり得ます。それは人の声だけではありません。
火事が起きれば消防車のサイレンや現場の喧騒、交通障害が起きれば駅のスピーカーからの案内音声。人々が何かを求めてどこかで行列ができれば、行列を整理する店員のアナウンス。大雨が起きれば地面や傘をたたく雨音の激しさ、台風があれば突風の風切り音……いわゆる「ノイズ」も重要な音になります。
私は自動車関連の取材をしていますが、自動車であればエンジンのメカニカルノイズもニュースな音です。しかし、最近は電動化された車両も多く、そうなるとエンジンの音がしない、限りなく静かなモーター音でさえ、時代を切り取る音になり得ます。映像がないラジオにとって、こうした音は何よりも重要なのです。
音声メディアらしい現場の音を伝えるにはどうしたらいいか? 警視庁担当時代にこんなことがありました。東京・立川市で起きた殺人事件、遺体がマンホール下の排水口から発見されたというものでした。
まずは「地取り」と呼ばれる取材…現場周辺の目撃者や、被害者の周辺情報を集めるのに奔走します。そうした声から、事件解決につながるコメントをつかむのはもちろん重要です。ただ、その他にラジオとして伝えられる音はないだろうか……私はマンホールに直接マイクを当ててみました。マンホールの厚い鉄板は「ゴーーーーッ」という、激しくかつ冷徹な下水の流れを伝えて来ました。
被害者の遺体はこの下水の流れのなかにさらされていました。その無念さはいかばかりであったか? 私はこれも事件の凄惨さを伝える「ニュースな音」だと思い、録音機で収録しました。
真夜中に人通りの少ない場所で、棒(マイク)をマンホールに当てる記者……端から見たら、果てしなく怪しい動きに見えるかもしれません。が、これも仕事です。翌朝の番組でこの音を放送に反映させました。
現場の音の収録の仕方は様々です。記者会見でマイクをスタンドに取り付けることもあれば、代表マイクから音声分配器という器具で音声を収録する場合もあります。ノイズを収録するときは、音像が明瞭になる「ここだ!」という位置を探しながら、ガンマイクと呼ばれる指向性の強いマイクを「自撮り棒」にくくり付けて収録したり……これは以前、小欄でもお伝えしたことがあります。
しかし、どんなにマイクや録音機の性能が上がったとしても、最後は「何がニュースな音になるのか」を選りすぐる人間の耳=センサーがモノをいうのは言うまでもありません。そんなこんなで、ラジオの記者は街中でも、つい「ニュースな音はないか?」と考えながら歩いていることもしばしばで、つくづく「職業病」だと感じます。
話は変わりますが、先日、別の世界で私たちと同じ「人種」と思える人に出会いました。それは東京・新橋の居酒屋。旧知の友人記者と一献やっていたときのこと。
「カラン」……友人がうっかり箸を机から落としてしまいました。私が手を挙げて代わりの箸を頼もうとするや否や、店員の女性が私たちのテーブルに近づき、すでに代わりの箸を手にしていたのです。何たる素早さ!
「箸の落ちる音を聞いたので」……しれっと彼女は言うのですが、私たちとの距離は10mほど、その間には満席のお客さんの会話、食器の音、店員の声……ざわつく周囲の様子に気を使いながら、箸が落ちる一瞬の音を聞き分けていたことになります。まさか訓練をしているとは思えず、働いているうちに無意識にこうした音が聞き分けられるようになったのでしょう。私は大変な感銘を受けました。
店員の名前はゆかさん。彼女に私は、勝手に「音の職人」の称号を授与したいと思います。(了)