コケ専門家・伊村智~匂いのない南極から戻って感じる日本の匂い
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黒木瞳がパーソナリティを務める番組「あさナビ」(ニッポン放送)に、国立極地研究所・副所長であるコケの専門家、伊村智が出演。次世代に伝える南極の素晴らしさについて語った。
黒木)今週のゲストは国立極地研究所・副所長で、コケの専門家の伊村智さんです。これまで南極や北極に出かけられて、忘れられない光景はありますか?
伊村)すべてがシンプルです。白い氷があって、茶色い地面があって、青い空があって、それでおしまい。色彩も乏しいし、光も夏は出っ放しで、冬は出ずに真っ暗な時期が続きます。シンプルですが、そのシンプルさがきれいなのです。風のなかに何の匂いもしない。夏の間も比較的乾いていますし、冬はカチカチに凍っていますから、大気中に匂いのもとになるものが漂っていないのですね。匂いもしないし、風がなければ音もない。シンプルな白と青と茶色くらいしかない。そういう世界にいることが嬉しいですね。
黒木)子どもさんたちに、南極や北極の面白さを伝えられているのですよね。
伊村)小学校の授業の片隅で、話をさせていただいています。中高の学校にも呼ばれて話をすることもあります。まずは知って欲しいし、面白いことがあるのだということに気がついていただければ、ありがたいなと思っています。
黒木)そうすると、また次世代の子どもたちが研究をしに行きたいという気持ちになって、引き継いでくださいますものね。
伊村)南極に行けるかどうかはまた別として、化学や自然現象について興味を持っていただくのが、私としてはありがたいですね。
黒木)これからの目標も、そういうところにあるのですか?
伊村)なかなか南極に行けない歳になってしまったので、若い人に跡を継いでいただきたいですね。
黒木)どのようなお話をなさるのですか?
伊村)日本にいると、みんな周りをきちんと見ていないのですね。文化圏で生きていると、感覚が鈍くなって、アンテナが乏しくなってしまっていると思うのです。南極みたいなところに行くと、すべてが新しくて、自分の肌ですべてを感じないと生きて行けません。そういったところで得た経験をお話しすることで、子どもたちに、すべてのものに広く目を向けることに気づいて欲しいですね。
黒木)見えていない。わかる気がします。「風に匂いがない」というお話を伺いましたけれど、そんなことを考えませんよね。匂いのある風しか、嗅いだことがないのかもしれないですね。
伊村)南極で越冬して、観測船「しらせ」でオーストラリアに帰るのですが、そのときに感じるユーカリの葉っぱから出る緑の匂い、あれがすごく新鮮に感じるのですよね。日本に帰って来ると、雨の後の空気の匂いが新鮮に感じます。それで「気が付かなかったな」と気付くのです。そういうことに、ぜひ若い人たちも気付いて欲しいですね。
伊村 智(いむら・さとし)/国立極地研究所・副所長
■1960年生まれ。栃木県宇都宮市出身。広島大学卒業。
■第36次越冬隊、42次夏隊、45次越冬隊、49次夏隊、イタリア隊、アメリカ隊に参加。第49次日本南極地域観測隊では総隊長(兼夏隊長)。
■北極、南極の陸上生物多様性と、繁殖生態に関する研究。
■南極湖沼中の大規模なコケ群落である「コケボウズ」をはじめ、蘚苔類を研究。国立極地研究所とコケボウズ
■南極や北極などの極地で、物理学や生物学など様々観測・実験・総合研究を行う機関。
■伊村副所長は、「コケ」の研究者。南極のコケを調査するため何度も観測隊に参加。南極の湖の海底に、コケなどが円すい形になった「コケボウズ」を発見。コケボウズと命名したのも伊村さん。
■南極大陸は気温が低いだけなく、空気中の水分が凍ってしまうので、利用できる水分も少なく、日照サイクルも異常なため、植物の生育には向かない。また南極の湖のなかは栄養が極めて乏しく、大型動物や魚はまったく生息していない。プランクトンもほとんどいない。その湖で「コケボウズ」が発見された。
■コケボウズは50センチ伸びるのに約1000年かかり、大きいものでは高さ80センチにもなる。似た環境でも生息しない湖もあるなど、生体に謎も多い。南極の一部地域でしか見つかっておらず、世界的にも例のない独自の生態系。
■コケボウズを構成しているのは、主にナシゴケ属のコケ。
ENEOSプレゼンツ あさナビ(12月6日放送分より)
FM93AM1242 ニッポン放送 月-金 6:43-6:49
番組情報
毎朝、さまざまなジャンルのプロフェッショナルをお迎えして、朝の活力になるお話をうかがっていく「あさナビ」。ナビゲーター:黒木瞳