【ペットと一緒に vol.204】by 臼井京音
東京で開業獣医師をしている野澤延行さんは、相撲の行司さんと一緒に“猫番付”を作成しました。
今回は、保護猫活動にも力を尽くし、猫の魅力を発信したいと語る野澤さんが、江戸時代の文化を再び“猫番付”として開花させたストーリーを紹介します。
江戸時代の文化を“猫番付”として蘇らせる
東京都荒川区にある動物・野澤クリニック院長の野澤延行さんは、約10年間の構想期間を経て、2020年5月に“猫番付”を完成させました。
「この猫番付は、実際に相撲番付を担当している行司さんが書き上げています。ただ単に猫自体の格付けを上げたいと考えて、構想を練りました。でなければ、こんな手の込んだことはしません。おかげで“猫番付編成委員会”でも、大変満足のいくものが仕上がったと喜んでいます」(野澤さん)
猫番付の、東の横綱は招き猫、西の横綱は化け猫。その他、鳥獣戯画の猫、サザエさんのタマ、ドラえもん、ひこにゃん、キティちゃん、トムとジェリーのトムといった有名どころから、アジア、欧米、ロシアの猫たちも番付入りしています。
猫番付と相撲番付の違い
相撲番付と猫番付の違いについて、野澤さんは次のように語ります。
「相撲番付はもともと板に記していましたが、江戸時代には木版印刷による摺物になりました。摺物には、浮世絵、引き札、かわら版、番付がありました。
相撲番付は、行司さんの仕事です。現在はB版全紙に名前を書き込み、縮小して印刷。文字は太くて力強く、隙間が少なく直線的であるのが特徴です」
「さらに江戸時代には、好奇心を開花させた“見立て番付”が作成されていました。この見立て番付には、自慢やパロディ、衣食住、世相、観光、仇討などが記されて流行していたようです。
その時々で、江戸庶民がどんなものに興味があり、どんなことがあったかを知る媒体として見立て番付は貴重です。けれども、猫番付は存在しませんでした。また相撲番付の他に、行司さんが書いたものもありませんでした。
相撲番付と猫番付の大きな違いは、猫番付には出身地が書かれていないことですね」
野澤さんは、猫番付のもうひとつの特徴にも言及します。
「相撲番付には、“中軸”と呼ばれる中央縦の部分にタイトルが入ります。相撲番付の上段に見られる“蒙御免”は、御免こうむると読み、幕府が認可したという意味を持ちます。
猫番付では、最下方の猫神大明神が御猫のために認可するという意味を持たせています。その下に行司や関係者が並びます。委員や役員や年寄り、呼び出しなどですね。
この猫番付を書いた行司さんによると、横綱・大関など幕内の大きな字に目が行くのは、下段にある序の口や序二段といった小さな字があって幕内の上段がひきたつからだそうです」
猫かわら版に、猫番付が登場!
猫番付は、東京都台東区谷中の“猫かわら版”にも掲示されています。猫かわら版は、野澤さんが尽力している保護猫の譲渡先探しや、迷子猫の捜索などの情報を掲載するために立てられたそうです。
「江戸時代の紙媒体と言える摺物の摺上がりを売りさばいたものが、かわら版でした。子猫の里親募集のたびにポスターをつくるなら、かわら版として立札ボードを設置しようと考えたのです。そこで、猫に関する情報専用の“猫かわら版”を誕生させました」と、野澤さん。
猫かわら版に掲示された猫番付を見て、「うわ~! こんなことができるんだ」と、興味津々で写真を撮って行く人も多いと言います。
「見た目の質の高さはもちろんのこと、内容に関してもよくできていると評価されると、猫番付編成委員会のメンバー一同、うれしさでいっぱいになります」
すべての動物の幸せを願って
日暮里で動物病院を開業して30年近くになる、野澤さん。近年は、子猫のミルクボランティアや里親探しなど、保護された動物の対応が増えていると言います。
「“保護猫”が猫番付入りを果たしたことも、猫自身の格付けにもつながると思っています」
このように語る野澤さん宅には、目も開かぬうちに拾った猫のおこまちゃんがいます。
野澤さんは“野澤有機農園”も営んでいます。筆者が取材でその農園を訪れた際も、何匹かの地域猫が農園に姿を現しました。
「農園は猫にとって居心地が最高のようで、いつも休憩場所や集会に利用されています。困るのは、トイレに使われてしまうことかな」
そう言って笑う野澤さんは、おこまちゃんをイメージしてブレンドしてもらったコーヒーを片手に猫を見つめ、「私は生態系を大切にし、そこにいる動植物のなかにいることを好むんです」とも語っていました。
連載情報
ペットと一緒に
ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!
著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。