【ペットと一緒に vol.199】by 臼井京音
2020年5月、日本国内で14年ぶりに狂犬病の患者が確認されました。狂犬病は、新型コロナウイルス感染症よりもずっと致死率が高く、発症するとほぼ100%死亡します。
今回は、実際にタイで犬に咬まれて狂犬病ワクチンを接種した経験がある、タイ在住の日本人の経験談も交えながら、狂犬病について解説します。
狂犬病は致死率ほぼ100%の人獣共通感染症
狂犬病は、発症すると致死率がほぼ100%の人獣共通感染症のひとつ。日本では約60年前に狂犬病が撲滅されましたが、世界では現在も年間の死亡者数が5万人を超えています。
日本の他、オーストラリア、ニュージーランド、ハワイなどごく一部の国と地域しか、狂犬病清浄地域ではありません。
2020年5月22日、2019年9月にフィリピンで犬に咬まれたことが原因だと推測される狂犬病患者が、愛知県で確認されました。ちなみに、14年前に狂犬病の輸入感染症が確認された2例も、フィリピンからの帰国者でした。
“犬”が病名に入っていますが、狂犬病は、犬の他、キツネ、コウモリ、アライグマ、スカンクなどが人への感染源になります。まれに、ネコ、プレーリードッグ、羊、ヤギなどから感染することもあります。
2013年には台湾で、約50年ぶりに狂犬病に感染した野生動物として、イタチアナグマが確認されました。
狂犬病の感染経路と症状は?
人へは、狂犬病ウイルスに感染した動物に咬まれたり、傷口を舐められたりするのが主な感染経路となります。コウモリが多数生息する洞窟内で、狂犬病ウイルスを含む唾液によって人がエアロゾル感染した例もあります。
人が狂犬病に感染すると、およそ1ヵ月~1年の潜伏期間を経て発症します。頭痛や発熱、嘔吐や下痢などののち、一時的な錯乱、水を見ると喉の筋肉がけいれんする恐水症、風を感じるとけいれんする恐風症、幻覚、麻痺などが起こります。人から人への感染はありません(角膜移植での発症例を除く)。
犬が感染した場合の潜伏期間は、通常は2~8週間。興奮して咬むなど攻撃的な状態になる「狂騒型」と、咬筋の麻痺により飲食が困難になって麻痺が全身に広がる「麻痺型」の2タイプがあります。いずれも、よだれを流すのは共通の症状で、発症後は数日で死に至ります。
狂犬病は発症前に確定診断することはできず、現在のところ、人にも犬にも狂犬病の有効な治療法はありません。
タイで犬に咬まれた日本人女性のエピソード
筆者にはタイに暮らす日本人の友人が2人いますが、2人ともタイで犬に咬まれ、「暴露後ワクチン」の接種をした経験があります。
マキさんは、ボランティア活動先のカレン族の村で子犬に咬まれました。
「村で育てられている“ビレッジドッグ”の子犬がごはんを食べているときに、その姿がかわいくて撫でようとしたら『ごはんを取らないで!』とばかりに、ガブっと指の付け根を咬まれたんです。少し出血したので、水で洗いました。すると滞在先のカレン族の家族が『狂犬病になったら大変!』と大騒ぎしたんです。
狂犬病がどんなものか気にしたこともない日本人の私は『マイペンライ~(大丈夫~)』とヘラヘラ笑っていたのですが、帰宅して詳しく調べたり、職場のタイ人の同僚に聞いたりすると、暴露後ワクチンを絶対に打たなければならないと感じました」と、マキさんは当時を振り返ります。
狂犬病は、発症前に適切にワクチンを接種すれば、発症を抑えられます。マキさんは、すぐにタイの病院で狂犬病ワクチンの接種を開始しました。
「医師は、『昔はお腹まわりやお尻に注射してたんだけど、いまは肩が主流だね』と言いながら、ワクチンを打ってくれました。初回接種から7日後に2回目、そこから14日後に3回目のワクチンを打つように言われましたが、タイでは数日のずれは気にせず、とにかく3回はワクチンを接種しているそうです」
その後マキさんは、タイでは傷口を猫に舐められただけでも多くの人が狂犬病ワクチンを接種しに行くことを知り、怖くなって1年後まで合計5回のワクチンを接種したそうです。
もうひとりのバンコク中心部在住のマリさんは、自宅近くの駐車場で、地域犬にお尻を咬まれました。
「ソイドッグ(タイ語で“路地”を意味する“ソイ”に暮らす地域犬)がいるなぁ~と認識してはいましたが、まさか背後からガブリと来るとは思わなかったわ」とのこと。もちろん、マリさんも狂犬病の暴露後ワクチンを接種しました。
マキさんも筆者も、バンコク市内で狂犬病を発症していると思われる野犬を見たことがあります。よだれを流しながら凶暴な目つきでフラフラと歩いていたので、『あれは狂犬病に違いない! 気をつけて』と、タイ人に言われました。
狂犬病はワクチンで予防したい
狂犬病はワクチンで予防ができる感染症です。日本では狂犬病予防法に基づき、犬の飼い主には、市区町村に犬を登録することと、91日齢以上の犬に狂犬病ワクチンを毎年接種させることが義務づけられています。
ところが実際は、狂犬病の予防接種率は約4割。獣医師は、日本国内で7割以上の犬がワクチン接種によって免疫を獲得すれば、万が一日本国内で再び狂犬病の犬が出ても、パンデミックは食い止められると口を揃えます。
日本に暮らしているとピンと来ない狂犬病ですが、タイ在住の筆者の友人たちは、「東南アジアでは、本当に油断せず気をつけてほしい」と語ります。
もし海外で、狂犬病ワクチン未接種の犬や野生動物に咬まれたりしたら、現地の病院をすぐに受診して狂犬病ワクチンの接種をしてください。発症すると致死率ほぼ100%の狂犬病から自分自身や愛犬を守るには、ワクチンが有効であると心に留めておきましょう。
参考:厚生労働省ホームページ
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/
連載情報
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著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。