【ペットと一緒に vol.193】by 臼井京音
新しく迎えた保護犬と、絆が深まって行くのを実感していた矢先に逸走させてしまった、新井康之さん。今回は、不眠不休で愛犬を探す新井さんのストーリーの後編をお届けします。
失踪4日目に届いた目撃情報
新井康之さんが推定4歳の保護犬の大福くんを迷子にさせてしまってから4日目となる3月26日の午後、初めての目撃情報が寄せられたそうです。
「立て続けに2件。チラシを見たという愛犬家の女性と、配送ドライバーからのものでした。いずれも、失踪場所の川越市から自宅のある飯能市へと近づいた地点だったので、もしかして大福にも帰巣本能が働いていたのでしょうか?」
26日と27日、新井さんは目撃場所を重点的に捜索しましたが、大福くんは見つけられなかったと言います。
27日の夜、新井さんは大福くんが目撃された安比奈親水公園の駐車場に自家用車を停め、周辺にドッグフードを撒いたり、ベーコンを焼いたりして、お腹を空かせた大福くんが近寄って来るように願いながら車中泊をしました。
「ほとんど眠れませんでしたね。フードは、大福によく似た白っぽい猫やカラスのエサになりました(笑)」
28日の朝、携帯電話とタブレット端末を充電するため、新井さんは一旦自宅へ。その代わりに、新井さんの妻と同居犬のツヨポンくんが公園付近の捜索活動を続けてくれたそうです。
「携帯の充電が完了したタイミングで、着信音が鳴りました。慌てて出ると、『うちの庭のフェンスの向こうに、チラシで見たコがいます』という、狭山市のAさんからの情報提供で、『妻がドッグフードを持って接近したのですが、尻込みして食べずに逃げてしまいました』とのこと」
新井さんは、急いでAさん宅へ向かいました。
運命の電話が鳴る
ちょうどその日、新井さんのもとに、捜索協力を申し出る連絡も入ったと言います。
「ツヨポンが参加しているウェスティーのオフ会主催者の姉妹が、神奈川県から向かってくれていると。そこで、Aさん宅をカーナビに入力してもらい、到着を待ちました。さらに、高校教師をしている私の元教え子夫妻も、Aさん宅に駆け付けてくれました」
大福くんがいた場所に到着した、新井さん。目を皿のようにして探すと、Aさん宅近くの崖の最上部にうずくまっている大福くんを発見できたとか。
「大福~、大福~、福ちゃ~ん、迎えに来たよぉー。そこを動くなよー」と、新井さんは雑木の間から顔をのぞかせる大福くんに呼びかけました。すると大福くんは、ハッと気づいて崖下にいる新井さんを見たと言います。
崖の脇の階段を駆け上った新井さんは、大福くんとの間合いを詰めつつ、大好物のおやつの封を開け、「ほらほら、福ちゃん。“チュール”だよ」と声をかけながらさらに近寄りました。
「1メートルまで距離を縮め、チュールを大福の目の前の石に絞り出したのですが、怯えているようですぐには舐めようとしません。最初で最後かもしれない、このチャンスを逃すわけにはいかない。そう思い、慎重を期してさらに大福に近づきました。手を伸ばせば届くと確信したちょうどそのとき、大福がおやつに目線を落としたんです。いまだ! と、思うと同時に、私は大福の首根っこをつかんでいました。大福も一瞬びっくりして抵抗したようでしたが、その後はおとなしく腕のなかに納まってくれました」
大福くんはその後、チュールはもちろん、援軍に駆け付けた友人姉妹が持参した特製おからご飯も平らげ、ガブガブと水を飲んだそうです。きっと1週間近く、ほとんど何も口にしていなかったのでしょう。
多くの人の支えがあったからこそ
新井さんは、多くの協力があったからこそ、大福くんを保護できたと振り返ります。
「友人姉妹は、崖付近の地主さんに土地の立ち入り交渉を行ってくれたり、崖下から大福の動きを見ていてくれたりしました。元教え子夫妻も、大福を挟み撃ちできる態勢を整えておいてくれました。私ひとりでは、決して大福をこんなスムーズに捕まえられなかったでしょう」
無事に保護できるまでの6日間、新井さんのSNS投稿を見て、大福くんの捜索活動を手伝いに来てくれた人も多かったそうです。
「正直、後ろ向きな気持ちになったり、くじけそうになったりした時期もありました。でも、協力を申し出てくれた方々のおかげで、勇気と希望を失わずにいられたんです」
二度と行方不明にさせないために
再会できた大福くんの様子をよく見ると、種まみれでマダニも皮膚についていたとか。大福くんはもとの体重から1割、新井さんも68kgから62kgに体重が減っていたとも言います。
「もう二度と大福を逸走させないように、“待て”や呼び戻しのトレーニングをしっかり行うと決めました。これからは絶対に忘れず、カートやキャリーバッグの飛び出し防止フックに、迷子札をつけた大福のハーネスを留めておきます。それから、犬連れのときは酔うほど飲まないと家族に誓ったのは言うまでもありません」
新井さんは大福くんが飯能市の自宅に戻ってから数日後、再び川越市と狭山市に向かいました。
「大福を保護したことを知らせるチラシを、ポスティングするためです。捜索依頼のポスターの上にも、そのチラシを貼って歩きました」とのこと。ポスターはその後1週間かけて、自らの手で回収したそうです。
「大福が戻った翌日は、関東でも季節外れの雪となりました。雪が降る前に保護できて、本当によかったです。現在は新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、私もオンライン授業は行いつつ在宅の日々が続いています。そばで大福が穏やかな寝息を聞かせてくれる喜びを、かみしめずにはいられません」と涙ながらに語る、新井さん。
多頭飼育の崩壊現場からモップのような姿で保護された大福くんを迎えてから抱き続けて来た、「大福を腕枕しながら眠る」という新井さんの夢が叶う日も、そう遠くなく実現するに違いありません。
連載情報
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著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。