愛犬の死を誰にも言えず思い出を描き続け、ペットロスを癒す大人向け絵本を制作

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【ペットと一緒に vol.188】by 臼井京音

愛犬の死を誰にも言えず思い出を描き続け、ペットロスを癒す大人向け絵本を制作

ニッポン放送「ペットと一緒に」

愛犬との突然の別れにより、自分の殻に閉じこもってしまったというイラストレーターの松尾たいこさん。今回は、松尾さんがペットロスから立ち直り、「ペットを失った人の心に寄り添いたい」という気持ちで描いた絵本を出版するまでのストーリーを紹介します。

 

15年間ともに過ごした愛犬との突然の別れ

「ある朝、起きて見てみたら愛犬のいくらちゃんが息をしていなかったんです。もう15歳だし、そろそろいくらちゃんの介護生活が始まるかなぁ、なんてぼんやり思っていた時期ではありましたが、前日まで元気だったのにこんな急に旅立ってしまうなんて……。心の準備が全然できていなかったので、その死を受け止められませんでした」と、イラストレーターの松尾たいこさんは1年ほど前のことを振り返ります。

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ケアーン・テリアのいくらちゃんとの思い出のワンシーン

自身のSNSにもいくらちゃんが亡くなったことを一切アップせず、友人や知人から「いくらちゃん元気?」と聞かれても、松尾さんは「うん」と答えていたとか。

「慰めの言葉を聞きたくないという気持ちもありましたね。自分の殻に閉じこもってしまったんです。そんな私が始めたのが、朝起きてすぐ、いくらちゃんの絵を描くこと。『会いたいよー』と、時には叫んだりしながら描いていました」

愛犬の死を誰にも言えず思い出を描き続け、ペットロスを癒す大人向け絵本を制作

松尾さんが水彩で描いた、いくらちゃんの姿

毎日欠かさず、松尾さんはいくらちゃんを描き続けました。最初の1ヵ月は泣きながら筆を動かしていたそうです。

「2ヵ月経って、ようやく人にもいくらちゃんの死を告げられるようになりました。そのころから、『こんなポーズをよくしてたなぁ』とか『雪を踏みしめながら歩くのが好きだったなぁ』などと思い出しては、微笑ましい気持ちを感じながら描けるようになっていた気がします」

旅先にもノートと画材を持参したという松尾さんにとって、毎朝いくらちゃんを描き続けることは、まるで写経のように心を落ちつかせ、悲しい気持ちをやわらげる作業であったと言います。

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1年近くで8冊のノートにいくらちゃんを描きました

愛犬との思い出

松尾さんがいくらちゃんと出会ったのは、アメリカ映画の『ドッグ・ショウ!』(2000年)がきっかけだったそうです。

「映画に出ていたノーリッチ・テリアに一目ぼれしてしまい、ブリーダーさんを探しました。ところがノーリッチの子犬は出産予定がなくて。『よく似ているケアーン・テリアならばいますよ』と、同じブリーダーさんに勧められて生後2ヵ月で迎えたのが、いくらちゃんなんです」とのこと。

愛犬の死を誰にも言えず思い出を描き続け、ペットロスを癒す大人向け絵本を制作

裏表がなく素直で愛らしい性格だったという、いくらちゃん

イギリス原産のテリア種の多くは、農場や納屋を荒らす害獣を、牙を剥いて威嚇したり闘ったりして追い払う仕事を担っていました。そのため、気が強く、勇敢で、自分で判断して行動するという“テリア気質”を持ち合わせています。

「小型犬ですが、テリア気質満点のいくらちゃんには最初は苦労させられましたね。犬の出張トレーニングの先生の力も借りながら、夫とふたりでトレーニングを頑張りました。その結果、軽井沢や福井の別宅をはじめ、どこへでも連れて行けるいいコになってくれたんですよ」と、松尾さん。

松尾さんと夫はいくらちゃんと一緒に、福井の海で遊んだり、軽井沢で森林浴を満喫したりしたそうです。

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さまざまなアート作品を手がけている松尾さんが制作した、いくらちゃん

ペットロスから立ち直り、絵本を出版

そんないくらちゃんの在りし日の姿をノートに描き続けてから約2ヵ月が経ち、外に出始めると、松尾さんは次第に心境が変化して行ったと言います。

「空や草花や石ころを眺め、風に包まれ……。自然のなかに身を置いていると、いくらちゃんを近くに感じられて心が癒され、少しずつ立ち直ることができたんです」

愛犬の死を誰にも言えず思い出を描き続け、ペットロスを癒す大人向け絵本を制作

いくらちゃんとはよく海で遊んだそうです

松尾さんは、自身の経験をもとにした絵本『きっとそこにいるから』(集英社)を、2020年2月に出版しました。最愛のペットを失って悲しみに暮れる少女と、いくらちゃんをモデルにした犬の姿が、美しい色彩で描かれています。

「ペットとの別れの悲しみを癒すひとつとして、絵本が役に立てばうれしいです。愛するペットを想う方にそっと寄り添える、“大人の絵本”になりますように。そんな願いを込めて制作しました」と、松尾さんは語ります。

愛犬の死を誰にも言えず思い出を描き続け、ペットロスを癒す大人向け絵本を制作

松尾さんの著作と、いくらちゃんをモデルにした陶芸作品

“旅をして来た”保護犬との出会い

松尾さんのもとには現在、保護犬出身の新しい愛犬うずめちゃんがいます。うずめちゃんとの出会いは、2019年7月のことでした。行きつけのワインバーのスタッフの、保護犬の一時預かりボランティアをしている妻のもとにやって来たのが、うずめちゃんだったとか。

「『今度、こんなコが来るんですよ』と、ワインバーで保護犬の写真を見せてもらったところ、テリアっぽい面影を感じるその犬に目が釘付けになりました。夫も大賛成で、その1歳2ヵ月のミックス犬を迎えることにしたんです」

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硬い被毛など、テリアの血が入っていると思われるうずめちゃん

うずめという名は、『古事記』に登場する、世界が闇に包まれたときに太陽をもたらした踊りの神“アメノウズメ”から採ったと言います。

「迷い犬だったそうで、マイクロチップが入っていたけれど、飼い主の情報が登録されていなかったのと、動物愛護センターなどにも問い合わせがなくて飼い主が見つからなかったみたいです。うずめちゃんは私たちに出会うために、1年余りの旅をして来たんじゃないかなと感じています」(松尾さん)

愛犬の死を誰にも言えず思い出を描き続け、ペットロスを癒す大人向け絵本を制作

いつも松尾さんのそばに寄り添っています

うずめちゃんは我慢強く、ほとんど吠えることもなく、とても賢いと松尾さんは語ります。

「一緒に暮らし始めて、半年余り。何だか最初のころに比べて、うずめちゃんの表情が柔らかくなったような気がしています。うずめちゃんも、いくらちゃんと同じように1日中、私の後をつけて歩いています。本当にかわいいですね(笑)」

太陽にまつわる名のとおり、松尾さんの心に明るい陽光をもたらしてくれた、うずめちゃん。松尾さんが、そんなうずめちゃんを題材にした次作の絵本をとおして保護犬たちに明るい光を届ける日は、そう遠くなく訪れるに違いありません。

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松尾さんのかつての愛犬であった狆のイラストが飾られているアトリエにて

連載情報

ペットと一緒に

ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!

著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。

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