犬猫の殺処分施設を撮影したカメラマンの苦悩と喜びと未来への願い

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【ペットと一緒に vol.182】by 臼井京音

神奈川県動物愛護センターの写真を、3年以上にわたって撮り続けている犬丸美絵(写真家inu*maru)さん。

今回は、2020年1月20日に同センターで開催された「神奈川県動物愛護センター見学会&おはなし会 vol.3 いま私たちにできること~過去を知り、今を感じて、未来を考える~」(主催:神奈川県動物愛護センター/事務局inu*maru)で犬丸さんが行ったトークショーのレポートをお届けします。

 

暗くて悲壮感漂うと想像した保護センターは

フォトグラファーの犬丸美絵さんが“おはなし会”でまず語ったのは、2016年1月に初めて神奈川県動物保護センター(当時の名称)を撮影で訪れた日のことでした。

昭和47(1972)年に創設されたセンターの歴史を写真に残してほしいと、犬丸さんは知人経由で頼まれたそうです。当時、神奈川県動物保護センターは犬と猫の殺処分ゼロを達成して2年目でした。

犬猫の殺処分施設を撮影したカメラマンの苦悩と喜びと未来への願い

おはなし会での犬丸美絵さん

「私はそれまで、センターは無念の死を遂げた動物たちの念が残る、暗くてかなしい場所だとイメージしていました。撮影前日は眠ることもできず、重い足取りでセンターに足を運びました」

殺処分ゼロになり、ほとんど動物がいないだろうと予想していたセンターにはその日、犬と猫がそれぞれ50匹ほどいたと言います。

犬猫の殺処分施設を撮影したカメラマンの苦悩と喜びと未来への願い

パネル展示された旧センターの犬たちの様子

「獣医師免許を持つ職員さんの案内で、施設と動物たちを撮り進めました。すると次第に、以前とは異なる印象を抱き始めたんです。恐怖で尿を漏らし、ブルブルと震えながら収容房の片隅にうずくまっている犬たちの姿を想像して訪れたのですが、実際の犬たちからはあまり悲壮感が感じられません。それどころか、ときには同居の犬と仲良く触れ合ったりもしながら、淡々と、そしてある意味しっかりと生活を営んでいたのです」

もちろん、じっとしている犬や、ケンカをする犬、落ち込んだ様子の犬などさまざまな犬がいましたが、犬丸さんは自分の目で現実を見ると意外なことが多かったそうです。

犬猫の殺処分施設を撮影したカメラマンの苦悩と喜びと未来への願い

職員も犬丸さんも「あそこだけは涙が止まらなかった」という、犬が生きた最期の場所の柵

この犬が再び幸せになるのを見届けたい!

犬丸さんがセンターを訪れた日、その後の姿を撮り続けたいと感じた、1頭の犬がいたと言います。

「駐車場で隣に停まった軽自動車の後部座席で、ちょこんと笑顔でお座りしていたスタッフォードシャー・ブル・テリア(通称スタッフィー)です。まさか、こんな性格がよさそうな子を捨てに来たんじゃないよね? と気になりました。帰り際に、その犬がセンターの檻のなかで、言葉にできないような表情で座っているのを発見しました。飼い主だった初老のご夫妻の放棄理由を聞いたところ、『近所の人が、この犬は人を咬む犬種だと言ったから』と。それだけで……と、唖然としました。と同時に、このかわいい子が幸せになるのを見届けたい。そう思ったんです」

犬猫の殺処分施設を撮影したカメラマンの苦悩と喜びと未来への願い

咬んだこともないのに飼育放棄された直後のスタッフィー

そのスタッフィーは約3ヵ月間をセンターで過ごしたのち、愛護団体の預かりボランティアのもとで1年半の家庭生活を送った後に、新しい家族との出会いがあったそうです。

「センター職員と愛護団体の方々の尽力によって実現できた殺処分ゼロが、その後の絶え間ない努力で維持できているからこそ、こうしてシニアのスタッフィーのドワーフさんも再び幸せを手に入れられたんですよね。捨てるのも人間であれば、救えるのもまた人間なのだと、あらためて考えさせられました」と、犬丸さんは語ります。

犬猫の殺処分施設を撮影したカメラマンの苦悩と喜びと未来への願い

幸せを手に入れて笑顔が戻ったドワーフくん

殺処分ゼロからつながった未来

センターでの生活を送るうちに、表情や性格が柔和に変化して行く犬たちがいるのを、犬丸さんは何度も見て来たと言います。

「この、穂高さんという10歳を超えるシニア犬は、体調が悪かったようで、最初に私が見たときはもう先が長くないかもしれないと感じました。その後、体調をさらに崩し、いわゆる保健室へ移されました。最期だけでも暖かい布団でと愛護団体さんが引き出してくださり、その後の手厚い治療と看護のおかげで少しずつ元気を取り戻して行って、いまでは動物愛護団体のスタッフさんの家族となり幸せに暮らしています。従来のままならば、穂高さんはセンターで消されたであろう命でした。殺処分ゼロが達成、維持できているからこそ、生きる可能性を失わずに済んだケースだと思います」

犬猫の殺処分施設を撮影したカメラマンの苦悩と喜びと未来への願い

体調不良だった状態(上)から、本来の笑顔を取り戻し幸せシニアドッグになった穂高さん

令和元(2019)年6月、「動物を処分するための施設」であった神奈川県動物保護センターは、「動物を生かすための施設」として新築の神奈川県動物愛護センターに生まれ変わりました。犬丸さんは、冷暖房や個室が完備された新施設でも通い続けています。

「施設が新しくてきれいでも、センターに捨てられる犬の心の傷や気持ちの変化に変わりはありません。そして、犬たちの本当の幸せはセンターにはありません。新しい家族に迎え入れられた元保護犬たちの笑顔を撮りながら、そう実感しています」

犬猫の殺処分施設を撮影したカメラマンの苦悩と喜びと未来への願い

新設のセンター2階には、犬丸さんが撮った“卒業犬”の笑顔の写真が展示されています

私たちができること

現在は神奈川県動物愛護センターでは収容動物の殺処分は行われていませんが、今後、許容できる数を超えた場合は、殺処分が再開される可能性もあるとのこと。

「捨てられる命をゼロにすることが、とても大切です。あえて“飼わない”愛護の方法もあるのではないでしょうか。もしペットを飼ったら、最期まで大切に終生飼育をすることが、犬や猫の心と命を傷つけないために何より重要だと思います」(犬丸さん)

先入観や、たまたま目にした情報だけがすべてだと思って物事を判断せず、過去を知り、正しい情報と知識を得て、将来のことを考えるようにもしたいものです。

犬猫の殺処分施設を撮影したカメラマンの苦悩と喜びと未来への願い

犬や猫の譲渡会の会場にもなる、2階の「アニコムふれあいルーム」でトークショーが行われました

●犬丸さん(写真家inu*maru)が撮り続けた旧センターの最後の3年間の写真を新センターに常設展示することで、忘れてはならない歴史を未来に残す「センターに写真を贈ろうプロジェクト」が現在進行中です。

寄付先や詳細は、こちらをご参照ください。
https://swimmyonewan.blogspot.com/2019/08/blog-post.html

連載情報

ペットと一緒に

ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!

著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。

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