白衣を捨てた女性獣医師を手作り食と往診に導いた、幼少期からの経験

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【ペットと一緒に vol.183】by 臼井京音

白衣を捨てた女性獣医師を手作り食と往診に導いた、幼少期からの経験

ニッポン放送「ペットと一緒に」

幼少期から自分をなぐさめてくれた愛犬たちへの恩返しの気持ちもあり、獣医師を志した林美彩さん。日常生活の延長上での自宅診療を心がけているという林さんの、4頭の愛犬とのストーリーや、往診専門の獣医師としてのエピソードをうかがいました。

 

犬に心をなぐさめられながら育つ

2018年春にchicoどうぶつ診療所を立ち上げ、現在は往診専門の獣医師として活動している、林美彩さん。chico(チコ)という名は、林さんが生まれる1年前に両親が拾った雑種犬から採ったそうです。

「チコは19歳まで生きてくれたんですよ。5人弟妹の長女である私は、いつもしっかりしていなければならないと気を張っていました。それで疲弊することもあって……。そんな私をいつもなぐさめてくれたのが、チコだったんです。私もチコのような存在の往診獣医師になりたい! その思いを診療所名に託しました」

白衣を捨てた女性獣医師を手作り食と往診に導いた、幼少期からの経験

チコちゃんと幼いころの林さん

林家には、チコちゃんも合わせて最多で全3頭の犬たちがいたと言います。

「病弱で管理が大変なため、ペットショップから引き取ったポメラニアンのポコ。あとは、衝撃的な出会いだった雑種犬のシュウです」

シュウくんは、家族で訪れたアスレチック広場にいたのだとか。

「何とも器用に、アスレチックをこなしていた犬が目に入ったんです。『見て見て! すごいねぇ~』と家族で盛り上がっていたのですが、帰宅しようとしたら『園内に野良犬がさまよっていますが、保健所に連絡をしましたので触らないようにお願いします』というアナウンスが流れて。『えっ!?  保健所ってことはいずれ殺処分?』と胸が苦しくなり、施設の方にお願いして連れて帰って来たんです」

白衣を捨てた女性獣医師を手作り食と往診に導いた、幼少期からの経験

フワフワでとてもかわいかったというポコちゃん

大学時代に出会った運命の愛犬

犬に囲まれて育った林さんは、獣医大学の学生時代にひょんな縁から、4頭目の愛犬であるミックス犬を迎えることになりました。

「イングリッシュ・コッカー・スパニエルのミックス犬で、大学の友人宅で生まれたんですよ。6頭のなかの長女を譲り受け、茜と名付けました。ひとり暮らしをしていた2年間は、茜とべったり濃密な日々を過ごしましたね」とのこと。

茜ちゃんの弟妹犬も学友のもとに迎えられたため、みんな揃って旅行に出かけたり、北海道の海辺で砂まみれになって遊んだりしたそうです。

白衣を捨てた女性獣医師を手作り食と往診に導いた、幼少期からの経験

林さんが引き取った日の茜ちゃん

初めて自分ひとりで生活管理をすることになった茜ちゃんと暮らし始め、林さんは新しい試みも始めました。

「手作り食について独学で勉強して、茜が1歳になる手前くらいから手作りごはんに切り替えました。ごはんから香り立つ匂いがいいからかな? 茜が目を輝かせてガツガツと食べてくれたときの喜びを、いまも思い出します」

白衣を捨てた女性獣医師を手作り食と往診に導いた、幼少期からの経験

毛づやもよく笑顔の茜ちゃん

実は林さん自身、かつてアトピー体質で苦しみ、両親が食事にこだわってくれたおかげで症状が改善したという経験を持つと言います。

「食事は、本当に大切だと身をもって感じました。だから、愛犬の健康管理のためにも、手作り食を取り入れることにしたんです」

白衣を捨てた女性獣医師を手作り食と往診に導いた、幼少期からの経験

実家の北海道に一緒に帰省したときのワンシーン

犬の手作りごはんの本を出版

茜ちゃんとの生活がきかっけで、林さんは2019年12月末に、『獣医師が考案した長生き犬ごはん』(世界文化社)という著書も出版しました。

「北海道の獣医大学を卒業してから、規模の大きい動物病院で勤務医をしたり、代替療法に力を入れている動物病院に勤めたりしました。その経験を活かして、双方のいいところを取り入れ、病気になりにくい丈夫な体づくりや、家庭でのケアを広めたいと思い、往診専門の獣医師になる決断をしたんです」(林さん)

白衣を捨てた女性獣医師を手作り食と往診に導いた、幼少期からの経験

林さんの考案した手作り食を前に「いい匂い! はやく食べたいな」と目で訴える犬たち

林さんのもとには、悪性腫瘍(がん)や椎間板ヘルニアを患っている犬や、腎臓病や猫コロナウイルスが原因で発症するFIP(猫伝染性腹膜炎)の猫の飼い主さんからの往診依頼が多いと言います。

「ご自宅では、まずはじっくりお話をうかがいます。かかりつけ医があっての、代替療法です。なので、処方されている薬に関しても詳しく説明をしつつ、どんな代替療法を行うかを相談をしながら決めて行きます。ほとんどすべてのケースで温灸は行いますね。その他、例えば椎間板ヘルニアのワンちゃんには鍼治療もします。腎臓病やFIPのネコちゃんには、ドイツが発祥のホモトキシコロジーを行うことが多いですね」とのこと。

白衣を捨てた女性獣医師を手作り食と往診に導いた、幼少期からの経験

現在は関東を中心に活躍中の林美彩先生

白衣を捨てて普段着で診療

林さんは現在、白衣を着用せずに普段着で診療をしているそうです。

「以前に1度、白衣を着た瞬間に家具の陰に隠れてしまったコがいたんです。そうか、白衣で警戒されてしまったんだ! と気づきました」

それからは、自宅が非日常の空間と化してペットたちが緊張することがないよう、林さんは白衣を持参しなくなったと言います。

「玄関前で診療を開始しても、『何だか先生っぽくないですね』と言われますけれどね(笑)」

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ひな祭りにちなんだレシピ 目でも楽しめる犬ごはんが著書にはいくつも掲載されています

取材の日、林さんはつい先日まで手作りごはんのメニューのアドバイスをしたり、マッサージをしたりしていた、亡き患者さんの家族のもとを訪れていたそうです。

「ペットとのお別れが辛いのは、とてもよくわかります。私自身も何度か経験していますからね。茜は、実は交通事故に遭い、その後遺症で4歳で亡くしているんです。後悔も多くて、なかなか立ち直れませんでした。なので、飼い主さんの気持ちのケアもできたらいいなと思っています」と、林さん。

初めて往診に行った際は暗い表情だった飼い主さんが、次第に愛犬や愛猫に明るく接することができるようになるのを目にすると、とてもうれしいとも語ります。茜ちゃんも、自分との生活経験を活かして多くのペットや飼い主さんに寄り添っている林さんの、これからの活躍を誇らしく見守ってくれているに違いありません。

連載情報

ペットと一緒に

ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!

著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。

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