捨て犬を殺処分する獣医師の無念さと未来への願い~殺処分ゼロが続く神奈川県動物愛護センターの物語~

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【ペットと一緒に vol.185】by 臼井京音

捨て犬を殺処分する獣医師の無念さと未来への願い~殺処分ゼロが続く神奈川県動物愛護センターの物語~

ニッポン放送「ペットと一緒に」

殺処分ゼロを継続中の神奈川県動物愛護センターが、新しくなりました。かつてはつらい気持ちで自らが殺処分をしていたという、職員の八木一彰さん。

今回は、2020年1月20日に開催された「神奈川県動物愛護センター見学会&おはなし会 vol.3 いま私たちにできること~過去を知り、今を感じて、未来を考える~」(主催:神奈川県動物愛護センター/事務局inu*maru)での、八木さんの“おはなし”の内容をお伝えします。

 

殺処分をしていた時代がフラッシュバック

令和元年(2019年)6月1日、「動物を処分するための施設」であった神奈川県動物保護センターから、「動物を生かすための施設」として建て替えられた神奈川県動物愛護センターの開所式が行われました。

捨て犬を殺処分する獣医師の無念さと未来への願い~殺処分ゼロが続く神奈川県動物愛護センターの物語~

新施設の外観(内部には検疫室、手術室、グルーミング室、図書室、相談室などを完備)

その日、同センターの副技幹で獣医師でもある八木さんが新たな気持ちで2階の猫の部屋を眺めたとき、不思議な出来事が起こったと言います。

「10年前、犬や猫をこの手で殺処分していたときの自分の姿が、フラッシュバックして見えたんです。なぜいま、殺処分の場面が!? と驚きました。きっと、そんな時代があったことを忘れないでほしいという、無念の死を遂げた動物たちの思いがフラッシュバックを引き起こしたのではないかと感じました」(八木さん)

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新施設2階のtolettaNYANルーム

昭和47年(1972年)に創設された神奈川県動物保護センター(※かつての名称)では、平成26年に犬の殺処分が、平成27年には猫の殺処分がゼロになりました。けれども、昭和の時代には年間1万~2万頭の犬が収容されていて、犬の所有権を放棄して同センターに愛犬を持ち込む人が後を絶たなかったと言います。

「私が職員になってから印象に残っているのは、父母と子供の4人で犬を連れて来た家族のことです。殺処分になる可能性があると伝えたのですが、それでもかまわないと言い……。さらにその後、信じられない会話を耳にしました。帰り際に寄って帰るレストランで、何を食べようかと話しているんです。言葉を失いましたね。

ふと見ると、残された犬は2度と戻らないその車のあとを、事態を把握できない様子でずっと目で追っていました。それを見て、胸が張り裂けそうになりました」(八木さん)

幸いにも、その犬は新しい家族に譲渡されたそうです。

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“おはなし会”で話す八木副技幹

1頭1頭、注射で安楽死させる無念

新施設の開所前から、迷い犬の返還や飼育放棄された犬の譲渡先探しに、それぞれの力を尽くして来たセンターの職員たち。それでも、収容可能な頭数を超えてしまうと、殺処分せざるを得ませんでした。

「1号房から5号房までを仕切っている“犬房”の壁が、ボタン1つで動いて犬たちを移動させられるような仕組みになっていました。職員が犬に咬まれないように、工夫されているのです。最後の部屋の次にあるのは、ガス室です。動物の状態によっては、あとから獣医師である私たちが1頭ずつ注射で安楽死させるんです。

ガス室での処分ももちろんですが、注射を1頭1頭打つときはさらに無念でした。『センターではなく、飼い主のあたたかい腕のなかで最期を迎えさせてあげたかった』と……」(八木さん)

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新施設の“犬室”で第二の幸せな犬生を待つ犬たち

そのようなつらい思いを抱えているセンターの職員に対して、当時は「犬殺し!」や「地獄に落ちるぞ!」といった抗議電話がかかって来たりもしたそうです。

「午前中に殺処分を行った地下室から上がって来たときの、太陽の明るさは直視できませんでした。罪悪感もあったからです。同日の午後には、子犬の譲渡会が行われることもありました。収容された犬たちの運命のギャップを目の当たりにして、精神状態がおかしくなりそうでしたね。その無念の思いを、新しい家族になりたい方に向けての啓発講習会で訴え、ときには涙がこぼれてしまうこともありました」と、八木さんは当時を振り返ります。

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見学バルコニーから犬用個室内の様子を見ることができます

八木さんを癒す猫たち

八木さんのもとには、19歳のねおちゃん、19歳のいもちゃん、16歳のよよちゃんという3匹の愛猫がいるそうです。

「3匹とも、私の近くに“落ちていた”猫です。ご縁だと思って家族にしました。ねおは、『お父さ~ん、お風呂のお湯が沸きましたニャー』って教えに来てくれるんです。『はい、わかりましたよ』と伝えるまでずっと(笑)」

3匹の愛猫と、20年ほど飼っているという推定30歳のカメのかめ子ちゃんは、八木さんの仕事を陰で支えてくれている存在と言えるでしょう。

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神奈川県動物愛護センターの猫室の様子

八木さんは“おはなし会”で、次のように強調をしていました。

「愛護センターの動物たちには、みんなにステキな名前があります。けれども、大切なことは、ここへ入って来る動物を減らす努力を惜しまないこと。そして、1頭1匹でも多く新しい家族のもとへ譲渡することです。そのために、新しい施設を有効活用して行きます」

神奈川県のみならず、日本全国の行政施設での殺処分が減るとともに、日本のペット事情が向上することを願ってやみません。

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2階の通路にある“卒業おめでとう”パネル

連載情報

ペットと一緒に

ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!

著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。

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