奄美大島の“ノネコ”を手懐けた少女がつないだ、新しい家族との縁
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【ペットと一緒に vol.190】by 臼井京音
奄美大島の野山で人とほとんど触れ合わずに育った猫を、東京の箱崎加奈子獣医師が一時預かりをしながら新しい家族を探しています。
今回は、そんな猫たちの心を開き人慣れへの大役を果たしているという、小学生の少女のストーリーを紹介します。
奄美大島からノネコがやって来た
保護猫のミルクボランティアを始めて3年目に入った、獣医師の箱崎加奈子さん。野良猫の繁殖シーズンではない冬期に、奄美大島から1匹の黒猫を、一時預かりボランティアとして迎え入れました。
奄美大島には、民家の近くで人からエサをもらいながら暮らす野良猫や地域猫とは異なり、野山で野生化した“ノネコ”と呼ばれるような猫たちも存在します。
「そのノネコを、一時預かり先が不足していると聞いて1匹預かったんです。奄美大島では保護スペースも譲渡先も限られているため、里親を探しやすい関東の愛護団体がレスキューしているんですよ」と、加奈子さんは言います。
人と接すること、狭い場所に閉じ込められること、飛行機や車に乗ること……。そのすべてが初めての経験だったと思われる黒猫のキナくんは、加奈子さんが院長を務める動物病院に到着したとき、すべてを怖がっている様子だったとか。
「ひとまず、ゆっくり休んでもらおうと思いました。まず食べ物を与えましたが、食べませんでしたね。きれいなトイレを設置しても、排泄もせず。緊張していたのでしょう。2~3日はそのまま、キナくんは引きこもり生活を続けていました」(加奈子さん)
キナくんが初めて排尿をしたのは、2月5日の到着から2日後のことだったと言います。「もうおしっこが膀胱に溜まり切らなくなったようで、ジャーーって一気に排尿しましたよ」と、加奈子さんは振り返ります。
8歳の少女がノネコの心を開く
加奈子さんやアニマルクリニックのスタッフに、フーフー言いながら威嚇をしていたというキナくん。
「そんなキナくんと仲良くなりたいと、私の娘のさわがおもちゃ片手にクリニックを訪れました。キナくんの目の前で、まるで催眠術でもかけるかのような動作で、釣り竿タイプのおもちゃを揺らし続けること1時間。何と、キナくんがおもちゃに片手を伸ばしたんです」
さわちゃんに心を開いたあとは、キナくんは急速に他の人にも慣れて行ったと加奈子さんは語ります。
「クリニックのスタッフや私も動物が大好きですが、『健康のためにちゃんと食べさせないと』などと考えすぎてしまって、キナくんに威圧感や急いでいる様子が伝わるのかもしれません。一方の子供には『仲良くなろうよ』という純粋な気持ちが滲み出ているから安心できたのでしょうか? 我が娘ながらすごいなぁ~、と感心してしまいました」と、加奈子さんは笑います。
譲渡会デビューしたキナくんの運命は……
キナくんは2月16日、都内で開催された猫の譲渡会に参加しました。
「さわも、応援隊として会場入り。するとすぐに、キナくんを迎え入れたいというご家族が現れたんです。さわよりも小さな女の子がいるご家庭で、キナくんのことをすごく気に入ってくれました」と、加奈子さん。
加奈子さんとさわちゃんは、一旦は連れ帰ったキナくんに「よかったね~!」と微笑みかけたと言います。
「キナくんは当初は警戒していただけで、実は人馴れしていた野良猫だったのかもしれないと思うほど、飼いやすい性質の猫でした。だから、譲渡先でもきっとすぐ甘えん坊な本性が出て、ご家族と打ち解けられるでしょう」と、加奈子さんは言います。
譲渡会から1週間後、加奈子さんはキナくんの爪切りなどを行って巣立ちの身支度を整えました。
「その様子を眺めていたさわは、少し寂しそうな顔を浮かべました。でも、『幸せになってね! また、新しい猫ちゃんが来るから、そのコとも仲良くなれるように頑張るよ』と言いながら、おでこにチュッとお別れのキスをしていました」
新しいノネコがやって来た
加奈子さんが飼育ボランティアで関わった猫としては、最短で預かり生活を卒業したキナくんに次いで、2月末に奄美大島から2匹目のノネコがやって来ました。
「茶トラ模様なので、ちゃとという名前です。朝からクリニックのスタッフ全員に、シャーシャー言って鬼の形相で威嚇しまくり……。ごはんにも口をつけませんでしたし、おもちゃにも無反応でした」とのこと。
そこで夕方に駆り出されたのが、小さな猫ボランティアのさわちゃんです。
キナくんのときと同様に、おもちゃ作戦でちゃとくんの気を引こうとしたさわちゃんでしたが、成功しなかったとか。
「でも、さわにはまったく威嚇をしないんです。おもちゃ遊びを諦めたさわは、気づけばグイグイ押し気味で(笑)。ケージに顔を突っ込んで強引にちゃとに頬ずりして、頭を撫でました。さすがに猫パンチを食らうかと思ったのですが、ちゃとは緊張していないようで、さわに身をゆだねていました」
2月28日に加奈子さんが預かり始めてから約1ヵ月。いまだに、ちゃとくんはさわちゃん以外にはシャーシャーと威嚇をするときもあると言います。
「3月末に譲渡会デビューなのですが、どうなることやら……。ノネコと言っても、もとは人と触れ合っていた野良猫や地域猫の子孫です。多くのノネコは、人馴れに時間はかからないと言われています。でも、ちゃとは珍しく生粋のノネコの可能性があるので、人間との暮らしに慣らして行くには時間がかかるかもしれませんね」と、加奈子さんは語ります。
けれども、さわちゃんに心を許したということは、ちゃとくんは他の人とも信頼関係を結べる可能性が高いということ。ちゃとくんの良縁がつながる日は、きっと遠くないうちに訪れることでしょう。
連載情報
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著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。