子猫のミルクボランティアに奮闘!ママ獣医師の育猫エピソード
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【ペットと一緒に vol.58】
ふとしたきっかけで、離乳前の子猫を自宅で育てる「ミルクボランティア」に携わることになった獣医師の箱崎加奈子さん。保育園児の娘さんとの子猫育てに、最初は戸惑いもあったとか。加奈子さんの奮闘記をご紹介します。
ミルクボランティア初体験
保育園に通う娘さんと獣医師である夫と2頭の犬と暮らす、箱崎加奈子さん。加奈子さん自身も、都内のペットスペース&アニマルクリニックまりもの院長を務める獣医師で、2年ほど前、子猫のミルクボランティアが不足しているという話を知人から聞いたそうです。
「獣医師だからという理由でボランティアを頼まれたり始めたりしたわけではなく、困っている状況があって、私にできることがあれば一般ミルクボランティアのひとりとして手伝いたいというのが動機でした」と、加奈子さん。
加奈子さんが引き受けたのは、北関東の動物愛護センターに収容されて、愛護団体がレスキューした子猫たちです。
「猫の出産シーズンの春には、そのセンターに収容される子猫が3日間で100匹になることもあると聞いたときは、衝撃でした。ふだん、マンチカンやアメショーなどの純血種を診察することのほうが多くて、最近は野良猫出身の猫も少なくなってきたように感じていたのに……」と加奈子さんは振り返ります。
保育園児と一緒におおらかな猫育て
犬とは長く生活してきた加奈子さんですが、実は猫と暮らすのは初めて。「正直、どんな感じかな? と、少しだけ不安で、たくさんワクワクしました(笑)。娘には、『預かるだけで、うちの家族になるわけじゃないのよ』と伝えておきました。新しい家族のもとへ旅立つ日、娘が悲しくなってしまわないように」と、加奈子さんは語ります。
そんな娘さんは、お母さんである加奈子さんのマネをして、哺乳瓶でミルクをあげたり、やさしくなでてあげたりと上手にお世話をしているようです。
「娘も初めて、ほんとうに小さくて弱々しい命を慎重に扱うことの大切さを、経験できたかもしれません」と加奈子さんは感じています。
ミルクボランティアでは、獣医師としての知識も役立っていると言います。
たとえば、ミルクを与える間隔は、タイマーで測ったとおりきっちり数時間おきでなくても問題ないこと。「自然界でも、母猫がエサを探して数時間不在になることもあります。預かっているときも、外出前は30分~1時間おきと頻回に、子猫が飲みたいだけミルクを与えて、そのあとは4~5時間ほどの留守番ならば問題ないでしょう。強い生命力を持つ野良猫の親から生まれてきた子猫なだけに、想像以上にタフですね。夜はぐっすり寝ていて、5時間位は鳴き声で起こされない日も少なくないですし」と、加奈子さん。
そのため、自身がミルクボランティアで得た経験と獣医師としての知識を生かして、ミルクボランティアをしている方々に聞かれたときは、「それほど神経質にならないで大丈夫ですよ」と、加奈子さんはアドバイスができるようにもなったと言います。
感染症の問題に直面
ミルクボランティアの経験で気づいたのが、野良猫出身の子猫たちの感染症への罹患率の高さだったとも。
「そもそも野良猫の親が、感染症の予防をしているわけがないので……。獣医師として、子猫の感染症の検査をすると、結構な確率で様々な感染症に関して陽性になるんです。猫エイズが陽性のこともあります」と、加奈子さんは述べます。自宅へやってきたときから、たくさんのノミが寄生していたり、その他の寄生虫がいるケースも多いそうです。それらを駆虫したり、感染症の治療をしたり、ミルクを飲む量が少ない子猫には点滴で栄養補給をしたり……。「正直、かわいいけれど、衛生状態に関しては、娘や同居犬などに気を遣わなければならない部分もあります」(加奈子さん)。
そんな子猫たちも、生後1カ月ごろからは、加奈子さんが経営するクリニックに貼ったポスターを見た近隣の方や、SNSでの募集投稿を見た方などのもとへ旅立って行くとか。
「それが、娘がかなりあっさり『バイバ~イ!』と見送るんですよね。最初から一時預かりだと説明しているとはいえ(笑)」と、加奈子さん。おかげで、躊躇なく、次から次へと募集しているミルクボランティアの活動を続けられるのだそうです。
ほとんどが生後2カ月ごろまでには旅立つ子猫たちですが、一度、預かった時点で生後1カ月、気づけば生後2カ月を超えた子猫も。
「そのときは、『うわっ、猫が食卓に上ってる!』、『あ、棚に入っちゃった』と、犬では見られない行動を見ては、家族で大笑いしていました。猫との生活について知る、よい経験も積ませてもらっています」(加奈子さん)。
ミルクボランティアを、続けます!
生後2カ月の子猫のもらい手が見つからず、一時はご自身で飼う選択肢も考慮したそうですが、あきらめずに新しい家族を見つける道を選んだそうです。
「猫を飼うと、もうミルクボランティアを続けられないと思って。先住猫に、子猫から感染症がうつるリスクがあるからです。ワクチン接種で予防できる感染症以外のものに子猫が罹患していれば、同居猫にも危険が迫ります。猫から犬へうつる感染症はほとんどないため、同居犬はいても問題ありません」と、加奈子さんは教えてくれました。
これまでの新しい飼い主さんで印象に残っているのは、手のかかる子猫に偶然めぐりあえて迎えたことで、ペットロスの苦しみから立ち直ることができた方のことだとか。ちょうど取材した日は、新しく迎えた子猫の1匹が衰弱していて、命が危ない状況でした。
「小さい命は、病気になると弱いものです。なんとか回復してほしいので、ここは獣医師として治療にも専念しています」と語る加奈子さんは、「ミルクボランティアをしている方は、近隣で協力してくれる獣医さんを見つけておけば安心だと思います」とアドバイスをくださいました。
「秋になっても、子猫がセンターから引き出されて我が家へやってきます。今後、日本の野良猫事情がどのように変化していくのかはわかりません。私は、今、自分にできることをやっているだけ。それはたまたま、1匹の猫の新しい飼い主になることではなく、ミルクボランティアとして活動することでした。これからも、全国的に不足しているミルクボランティアのひとりとして、力を尽くしていきたいです」と、加奈子さんは語ります。
平成28年度、全国で3万匹近い子猫が殺処分されました。成猫も含めて、譲渡や返還で生き残れる猫は4割に満たないと言われます。近年話題になっている“殺処分ゼロ”の実現に向けて、加奈子さんのようなミルクボランティアの支えがある事実も知っておきたいものです。
連載情報
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ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!
著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。