ひとりっ子を難産で出産した愛犬の感動秘話<後編>
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【ペットと一緒に vol.52】
母犬、育児放棄か!?
前回ご紹介したとおり、無事に生まれた新しい愛犬のミィミィ。お腹を縫って糸がついた母犬のリンリンと一緒に、夜明け前に自宅へ連れ戻りました。病院で、初乳は飲ませていました。ところが、麻酔が完全に切れて意識がはっきりしたリンリンは「なに? 痛いお腹をめがけてモゾモゾと知らない生き物が迫ってくるんですけど!」と、戸惑いの表情を浮かべてミィミィを威嚇するのです。「えええ? リンリン、自分の赤ちゃんだよ」と私は伝えるのですが、帝王切開だったため、自力で産んだ感覚がリンリンにはなく、自分の赤ちゃんだと認識できないのかもしれません。せっかく誕生した赤ちゃんにケガを負わせてはいけないので、仕方なくミィミィをリンリンから引き離し、犬用ミルクを用意して飲ませました。数時間前までは、息もせずぐったり首を垂れていたとは思えないほど、赤ちゃんは元気です!
「もしかしてこれって、母犬が育児をしないパターン? だとしたら、数時間置きに人口哺乳をさせないといけないしなぁ……」と、筆者は頭を抱えました。ミルクでお腹いっぱいになったミィミィはぐっすり眠り、離れたところでリンリンも寝ています。そして筆者も疲れがどっと襲ってきてしばらく眠りました。
目覚めたのは、ミィミィの「ミィーーーッ」という声で。再びお腹が空いたのでしょう。
それを聞いてリンリンも目覚めました。が! 今度は「あっ! 赤ちゃんが呼んでる」と思ったのか、リンリンは急に「大変大変」という顔をしてミィミィのもとへ駆けつけました。事故があってはいけないので、ミィミィの寝ているバスケット型ケージの蓋は閉じています。それを外から見つめるリンリンの表情を見て、筆者は「大丈夫だ!」と確信しました。念のためミィミィは一度抱っこして、そっとリンリンに近づけると……。ペロペロペロと、ミィミィを愛おしそうに舐め始めたのです。
本当に、ミィミィの「ミィ」という声は、状況を好転させる魔法の声のよう。
母犬と子犬の関わりを目の当たりにして
すっかり母性本能が目覚めたリンリンは、ミィミィのことが本当に愛おしいようです。片時も離れようとしません。自力で排泄ができないミィミィのために、誰から教わったわけでもないのにお尻を舐めてあげたり、授乳をしやすいような体勢を整えてあげたり……。リンリンがトイレに出ている間に産箱から「ミィーーー」と鳴き声がしたら、大急ぎでミィミィのもとへ駆けつけます。こうした、ストレスのない環境で子育てをしていて心身の状態が安定している母犬との、適切なスキンシップが、子犬の気持ちを安心させて健全な発育を促すのだそうです。
生後10日もすると目が開き、ミィミィの顔もしっかりしてきました。
さらに、生後3週目には前肢だけ立てられるように。後肢はだらっとしていますが、この頃からミィミィは母犬と遊ぼうとする様子を見せるようになってきました。もし、きょうだい犬がいたら、その子たちとも遊ぶのでしょう。ほほえましい光景を、筆者は毎日何度でも見飽きることがありませんでした。
子犬は、まずは身近な母犬やきょうだい犬とのかかわりをとおして、犬社会のマナーやルールを学ぶと言われます。離乳するまでの時期は、子犬にとって心身の健全な成長のためにとても大切です。筆者は子犬の社会化を目的とした「犬の幼稚園」を経営していて、また、ドッグジャーナリストとして子犬の社会化や飼育放棄の問題を調べていて、いかに母犬とのかかわりが重要かを日々リンリンとミィミィの様子で目の当たりにしました。
生後1カ月。まだミィミィは母乳を飲み、リンリンとくっついて眠っています。
実はこの時期に、ペットショップのショーケースに並ぶ子犬が母犬と離されるケースもめずらしくありません。まだ母犬のぬくもりも必要で、母犬やきょうだい犬とのかかわりで学ぶこともたくさんあるこの時期に、流通販売ルートに乗り、たった1頭だけの日々が始まるなんて、我が家の母子2頭を見ながら筆者はあらためて信じられない気持ちになりました。早期離乳によって、子犬は不安感が増大し、臆病であったりストレスに弱い性格が形成されやすいという研究結果もありますが、心から納得しました。
離乳期のたくさんの変化
ミィミィに歯が生えそろってくると、リンリンは授乳を嫌がるようになりました。ミィミィが乳首に吸い付こうとすると、「ガオッ」と威嚇したり……。離乳期の始まりです。このとき、首根っこをリンリンにガブリとされて、ミィミィは「すみません」とばかりにひっくり返ることも。その体験が、そののち、犬の幼稚園でミィミィがほかの犬と遊ぶようになってから生かされていました。
離乳後は、子犬は一気に世界を広げていきます。ほかの犬とも遊んだり、様々なものに触れるのが、適切な社会化のためには理想的。ということで、生後4週目からは抱っこ散歩に連れて行き、生後8週目で筆者が経営する「犬の幼稚園」にミィミィを入園させました。
そこでも、ほかの犬と上手に遊び、すくすくと順調に成長していったミィミィ。筆者も「よし」と、ガッツポーズを作る毎日でした。
あれ? 社会化もバッチリだったはずなのに!?
ところが、生後8カ月を過ぎた頃から、ミィミィがほかの犬を威嚇したり、外の物音に反応して警戒吠えをするようになったのです。
「オーストラリアのドッグトレーニング留学中に迎えたリンリンと同じように育ててきたのに。いや、リンリンよりもむしろ、ほかの犬との社会化のチャンスは多かったのになぜ?」と、筆者は一転してため息の日々に。
そこから、筆者はドッグトレーナーの友人に相談したり、犬の科学に関する本を読んだりして研究するようになりました。
実は、「離乳期までに健全な環境で過ごして、しっかり社会化やトレーニングをすれば、お困り行動が出ることなんてないはず」と、筆者はリンリンを育てた経験で思っていました。ところがミィミィによって、その思いは打ち砕かれたのです。と同時に、お困り行動で悩んでいる飼い主さんの気持ちが、痛いほどにわかるようになりました。
犬の幼稚園が近くにないところに引っ越していた筆者は、ミィミィが散歩で出会うほかの犬に吠えて威嚇をしなくなるように、トレーニングを開始しました。ところが、筆者自身が出産して間もないこともあり、赤ん坊連れでの散歩で思うようにできません。さらに近所で、トレーニングに協力してくれそうな犬も見つけられず……。
試行錯誤の末、筆者が生み出した解決策は、トレーニングの教科書に書かれていることとは逆になりました。散歩中にほかの犬をミィミィが見つけたら「アップ」と言って、しゃがんだ筆者の膝をステップにしてミィミィが胸に収まるように。そのまま筆者はミィミィに「しーっ」と声をかけながら、犬のそばを通り過ぎるという方法でした。吠えなかったら、ほめて、おやつをあげます。どもこれが、リンリンと2頭で散歩をする上ではベストな方法なのです。
ミィミィとの生活で、やはり、個々が持っているもともとの性質や特性があり、その影響は行動に出るのだと実感しました。思うように運ばないことや、マニュアルどおりには運ばないこともあると、あらためて知ることになりました。
筆者に多くのことを学ばせてくれた、リンリンとミィミィ、本当にありがとう!
連載情報
ペットと一緒に
ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!
著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。