【ペットと一緒に vol.48】
実は、トイ・プードル、ミニチュア・シュナウザー、ヨークシャー・テリア、ジャック・ラッセル・テリア、ウェルッシュ・コーギーなど、よく知られている犬種の尾はもともと長いのをご存知ですか? 最近は日本でも、断尾をしていない犬を見かけることが増えてきました。変わりつつある、断尾の世界的な流れをご紹介します。
なぜ尻尾を切る犬種がいるのか
筆者は8歳から20歳まで、断尾をしたヨークシャー・テリアと暮らしていました。チョコチョコと振られる尻尾がかわいいと思っていたのですが、本来ヨーキーの尻尾が長いと知ったのは、犬について調べていた12歳頃。ドーベルマンに至っては、尾が長いだけでなく、本来は垂れ耳だなんて! と、純粋に驚きました。
その後、2005年にドッグトレーニング留学中のオーストラリアで、断尾していないノーリッチ・テリアを迎えました。当時すでに、オーストラリアでは犬の断耳と断尾は動物愛護に関する法律で禁止されていたので、私が日本の犬図鑑や飼い主さんブログなどで見る断尾されたノーリッチ・テリアとはやはり趣が少し異なるなぁ~、と感じたのを思い出します。
そもそも、なぜ断尾や断耳は行われるようになったのでしょうか?
犬たちはその長い歴史の中で人間の仕事のパートナーとして、犬種ごとの役割を担ってきました。そんな犬たちが野生の動物と争ったときに、尾や耳が長いとケガをしやすく危険が伴うので短くしたと言われています。尻尾を切ると背筋が強くなって害獣駆除の能力がアップしたからという説もあります。
鳥猟で活躍したスパニエルの場合、尻尾が草木に触れてカサカサと音を立てて鳥に気づかれないように、短くしておく必要が生じたとか。
そのほか、尾を切ると、足が遅くなるので貴族の狩猟用のシカを犬が殺さないで済むからとか、狂犬病にかかりにくくなるとか、今では耳を疑うような理由もあったようです。
もしかして、見た目を整えるため!?
確かに、犬種ごとに、断耳と断尾は与えられた仕事を行う上で必要だったとされていますが、筆者の愛犬ノーリッチ・テリアによく似たケアーン・テリア、さらにケアーン・テリアに毛色以外は体格が似ているウエスト・ホワイト・ハイランドテリアは断尾をする犬種ではありません。なのに、ヨーキー、ノーフォーク・テリア、ノーリッチ・テリアはなぜ断尾をする犬種になったのでしょうか?
ここからは筆者の推測も入っているのですが、犬種ごとの本来の仕事場を失い、ドッグ・ショーが盛んになってきた時代からの断尾や断耳は、犬種の容姿のバランスを整えて見せるためであったとも考えます。
実際に、ドッグ・ショーが盛んで、法律で断尾と断耳の規制のないアメリカでは、「美容形成だけを目的とした断耳と断尾に意義を唱える」という趣旨の公式声明文を、全米獣医師協会(AVMA)が出しています。それに対して、アメリカン・ケネル・クラブ(AKC)は「犬種の特徴を定義づけたり保存したりする上で容認できる慣習」としているので、アメリカでは今も断耳や断尾を行った犬を多く見かけます。
いずれにしても、狩猟や作業をしない家庭犬として暮らす犬たちにとって、断尾と断耳は苦痛でしかないと筆者は思います。
その証拠に、筆者の知人で、10年以上前からヨークシャー・テリアの断尾をしていないブリーダーさんは、子犬の誕生前に断尾を希望して予約する方に、無麻酔で断尾された子犬の昔の映像を見せるそうなのですが、「キャーンキャーンと悲鳴をあげてのたうちまわる子犬たち、そして切られたあともしばらく動いている尾先を見ると、みなさん『やっぱり、断尾しないでいいです』と言いますね」と述べています。
犬の新生児は痛みを感じる感覚が未発達だから断尾は苦痛ではない、と唱える人もいるようですが、国際的な獣医師の組織であるWSAVAも、「生まれたばかりの動物が痛みを感じないというのは誤解」であると明言しています。
ちなみに新生児には麻酔によるリスクが高いので、無麻酔による尾の切除が行われているのです。
また、生後2~3カ月で行う断耳については、麻酔をかけて行いますが、手術後の固定物の長期にわたる刺激が原因で外耳炎を引き起こすことも。断耳は子犬にストレスを与える結果になることは想像に難くありません。
世界的に断尾はされない方向に
動物愛護の観点から、ドイツ、フランス、オーストリア、スイス、オランダ、スウェーデン、ノルウェー、デンマークなどヨーロッパ諸国や前述のオーストラリアなどでは、断耳や断尾を法律で禁止するようになりました。
イギリスに関しては、世界最大級のドッグ・ショーであるクラフト展で、断耳と断尾をした犬の出陳が禁止されています。
日本でもクラフト展に所有する犬を出陳するブリーダーが多いことや、国際畜犬連盟(FCI)でも断耳と断尾を禁じているため、近年はどの犬種でも断耳と断尾を行わないブリーダーが増えています。
日本は犬文化においてアメリカの影響を強く受けているため、今後もアメリカの動向次第で、断尾が日本で完全になくなる日がいつになるかはわかりません。
けれども、世界的に断尾が行われなくなるのは、そう遠い未来ではないように思います。筆者はまた、その日が早く訪れることを願っています。
連載情報
ペットと一緒に
ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!
著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。