安楽死で守った愛犬の尊厳。苦渋の決断と、旅立った愛犬への感謝の思い。

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【ペットと一緒に vol.54】

犬 テリア

元気いっぱいのノーリッチ・テリア2頭とノーフォーク・テリア1頭と暮らしていた松原未知さん。思いがけず、いちばん若いノーリッチ・テリアのスージーちゃんが7歳で頚椎腫瘍を発症。だんだん体が麻痺してきて動けなくなる愛犬との日々を大切に過ごしながら、松原さんは最終的に安楽死を選択します。

今回は、少し重いテーマですが、愛犬の旅立ちに向き合う飼い主さんの姿をご紹介したいと思います。


7歳の若さで体が麻痺

「今、スージーが生きていれば12歳。とても会いたいです。私の腕の中でスーっと眠るように12歳で息を引き取った、スージーのお姉ちゃん犬のロージーに関しては、『じゃぁ旅立つね』って伝えるようにして自然に亡くなったので心の区切りをつけやすかった部分もありますが、スージーに関しては7歳での安楽死だったので、飼い主としてもやはり気持ちを整理しづらかったです」と、松原未知さんは振り返ります。

松原さんは、ノーリッチ・テリアのロージーちゃんを筆頭に、妹分のスージーちゃん、弟分のノーフォーク・テリアの湘太くんの3頭と暮らしていました。テリア犬種は、主には農場を荒らすキツネやネズミなどの害獣を追い払ったり殺して駆除したりする役割を担っていた犬種なので、心身ともにタフで活発。松原さんは、3頭が思う存分ボールを追いかけられるように、そして心地よくロング散歩ができるようにと、旅行にも連れて行きいつも愛犬との生活を大切にしていました。

愛犬

愛犬たちとたくさんの楽しみを共有しました

元気いっぱいのスージーちゃんに異変が見られたのは、7歳の頃。少し後ろ脚の動きがおかしいと思った松原さんは、病院で精密検査を繰り返します。犬は原則的には全身麻酔で行う高価なCT検査で発覚したのが、頚椎の腫瘍でした。頚椎のそばにある、体の動きをつかさどる神経を腫瘍が圧迫しているため、体の動きがぎこちなくなっていたのです。「ところが、その腫瘍は呼吸器のすぐ横にあるため、外科手術によるリスクが大きすぎて切除ができないと伝えられました。それを聞いて、大きなため息が出て、ガクンと肩を落としましたね。だって、現代医療ではなにもしてあげられないで、見守るしかないなんて……」。

10月末に腫瘍が発見され、その後、スージーちゃんの麻痺はじわじわと全身へと及んでいきました。

スージー

スージーちゃんと松原未知さん

思うように体を動かせないスージーは……

7歳でも、テリアならばまだ元気な盛り。だからスージーちゃんは、お散歩では走りたいし、ボール遊びだってしたい。けれども麻痺があり歩行がおぼつかず、犬用カートで散歩に連れて行っていたそうです。「『え? なんで降りちゃダメなの?』って訴えるようなスージーの目が忘れられません。スージーの最大の楽しみが、頭はしっかりしているのに体だけが動かないせいでできないなんて……、と、本当に不憫に思いました」と、松原さん。

麻痺 犬

元気な頃のスージーちゃん(左)と比較すると、麻痺が始まってからは不安そうな表情をしているのがわかります(右)

家に戻ると、スージーちゃんは納戸に自ら入っていき、あまり出てこなくなったとそうです。「気の強いテリア3頭飼育なので、そして3頭の相性がたぶんあまり良くないせいで、ケンカは日常茶飯事でした。病気になる前はスージーがケンカで勝つこともありましたが、スージー自身ももう誰にも勝てないと悟り、自信を喪失したのでしょう。実際に、スージーがリビングに出てくると、ほかの2頭から攻撃を受けたりしていました。それを見ているのもつらかったですね」とも語ります。

そこで、スージーちゃんが少しでも心穏やかに過ごせるようにと、2世帯住宅で階上にあるご両親宅に、松原さんはスージーちゃんを一時的に預けたりすることも。

主治医から、年を越えられないかもと告げられていたスージーちゃんに大きな異変が起きたのは、12月20日のことでした。自宅トイレの失敗も少なくないロージー姉ちゃんと違って、スージーちゃんはそれまで粗相は皆無のキレイ好き。なのに、松原さんと同じベッドの横で寝ていたスージーちゃんが朝、全身うんちまみれになっていたのです。

『ママー! 助けて! アタチ、こんなになっちゃった。自分がこんな汚いの耐えられない』と、スージーはとても気持ちが凹んでいるように見えました。そのとき、スージーがなぜ自身の体を思い通りに動かせないのか、頭で理解できないのはつらいだろうなと思いました。人間だったら、病気のせいだと理解できるのに。そして犬にだってプライドはあるのに」と、松原さんは振り返ります。

犬 洋服

具合が悪くなってからは保温のために洋服を着せていました

安楽死という選択

おしっこなどの排泄介助は家族で協力して行っていましたが、さらにクリスマスの日にもスージーちゃんはうんちまみれになってしまいました。

「大好きなボール遊びもできず、頭はしっかりしているのに全身が思うように動かなくなっていくストレスって、どんなにスージーにとって大きいんだろう? 楽しみがなくなるどころか、排泄すら失敗して自信まで失ってしんどいだろうな」とも思い始めたそうです。その時期には主治医から、スージーちゃんの命は持って年内だと告げられました。

悩んだ末に松原さんが選択したのは、安楽死。
「年内」という主治医の言葉で決心がついた部分が大きかったそうです。病院はスージーちゃんが不安になるとかわいそうなので、慣れている主治医の先生に自宅への往診を依頼しました。

「もともと“陽気の塊”みたいなスージーが、ずっと悲しい顔をして過ごすようになったのを見ていて胸が苦しかったのですが、注射で眠るように旅立ったあとのスージーの表情はとても穏やかでした。それを見て、スージーにしてみればわけのわからない苦しみから解放してあげることができ、スージーのためには安楽死は最良の選択だったかもしれないと思っています」(松原さん)。

ところが、心にぽっかりと穴が開いて、なにをする気力もなくなってしまった松原さん。そこで、犬トモが調べて手配しておいてくれた動物霊園にスージーを伴い、お別れのセレモニーへ。そのセレモニーによって、気持ちが少し落ち着き、安楽死に対してもあらためてスージーちゃんにとってよいタイミングであったと受け止めたそうです。

犬 悲しそう

もう歩けなくなってしまい、ずっと悲しそうな顔をしたままのスージーちゃん

「犬にも、尊厳があると思うのです」という、松原さんの言葉が印象に残っています。

スージーちゃんは、愛犬の幸せをいつも追求する松原さんとたくさんの楽しい思い出を重ねたこと、そして最期まで自分の幸せを考えてくれたことを、きっと空の上から感謝していることでしょう。

連載情報

ペットと一緒に

ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!

著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。

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