『半沢直樹』に見る“印象付け”の極意
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フリーアナウンサーの柿崎元子が、メディアとコミュニケーションを中心とするコラム「メディアリテラシー」。今回は、「印象付け」について---
【何がすごい? 印象付けのテクニック】
池井戸潤氏原作のテレビドラマ『半沢直樹』(TBSテレビ 毎週日曜21時~)が、毎週SNSをにぎわせトレンド入りしています。
7年前のシリーズも話題になりましたが、今回は視聴率や演技以上に名言が注目されています。これはコミュニケーション的にも、大変重要な示唆があります。
今回は、毎週話題になるセリフの何がすごいのか、なぜ私たちは惹きつけられるのか、その魅力を言葉の分野から分析してみました。
コミュニケーション上、相手の印象に残るためには、いくつかのテクニックが必要です。例えば“大きな声で訴える”は基本中の基本で、私たちも危険が迫ったときはもちろん、絶対にわかって欲しいとき、何としても聞き逃さないで聞いて欲しい場面では、無意識に大きな声を発しています。
半沢直樹も大きな声を出す場面が多いですね。あまりに互いに顔を近づけ、怒鳴っているかのような大きな声なので、飛沫は大丈夫なのか? といつも不安になります。
実際に、私たちがあそこまで顔を近づける場面などそうそうないのですが、相手との距離が離れれば離れるほど、伝えたいことを伝えるために大きな声は必須です。
【ゆっくり過ぎるぐらいゆっくり】
一方、私たちアナウンサーは、言葉を印象に残すためにさまざまな技術を駆使しています。強弱、緩急、繰り返し、そして間(ま)です。
何気ない話し方なのに説得力があるように聞こえるのは、これらの技術を効果的に使っているからです。そして半沢直樹に出演している役者さんのほとんどが、この手法をさらにパワーアップさせて取り入れています。
名言と言われるセリフを見て行きましょう。まず、今年(2020年)の流行語大賞の呼び声高い「お、し、ま、い……DEATH!」。
宿敵・大和田が半沢に対して、「組織に逆らったらどうなるか。自分は何としても生き残る。だが君はもう、おしまいです」と言い放つ場面で出ました。
「君はおしまいです。お、し、ま、い」と1つ1つの音をゆっくり発しています。いわゆる緩急です。厳密に言うと緩と急が逆で、先に普通の速度で話し、そのあとにゆっくり過ぎるぐらいゆっくり、一語一語発しています。
いわゆるメリハリが出ているのです。これだけでも強調感がすごいですが、“です”=DEATH(死)はあまりによく考えられたセリフでした。字幕が出ているわけではないので、私はすぐにはこの場面の奥深さに気が付かなかったぐらいです。
日本人には難しい英語の発音をここまでわかりやすく表現し、しかもジェスチャーまでつけるとは、さすがとしか言いようがありません。
日本人は身振り手振りを交えて話すのが苦手な人が多く、人差し指を1本出し「ひとつ大事なのは……」ぐらいはできますが、香川さんのように親指を使える人はそうはいないでしょう。緩急、英語、ジェスチャーと目が釘付けになったこの場面は、珠玉の名ゼリフと言えます。
【繰り返しとささやき】
次に、繰り返しのワザをてんこ盛りにしたのは、市川猿之助さん扮する伊佐山です。「詫びろ、詫びろ、詫びろ、詫びろ」と計8回繰り返されました。大きな声で、しかもだんだん大きくなるこの詫びろのオンパレードには、本当に驚きました。
繰り返し手法で身近なのは選挙です。立候補者の選挙カーが候補者名を連呼します。「柿崎元子、柿崎元子、柿崎元子をよろしくお願いします!」と、最低3回は繰り返します。名前を有権者に印象付けるためです。
私は何かを暗記しようとするとき、繰り返し唱えることを学生のころからやっていました。何度も反復して、自分の脳に刷り込もうとしていたのです。
さて、この第2話で濃厚な繰り返し手法を実施した上に、猿之助さんが試みたのは、セリフなのにも関わらず、声を出さずに口パクしたテクニックです。
私たちは聞こえないときには、耳をそばだてます。それを利用したもので、実際には音にしていないため聞こえるはずがないのですが、注意を惹くには最高のワザでした。
アナウンサーの技術では「ささやき法」と言います。「ここだけの話……」がそれです。それまでの声量やトーンとは全く変えて、あえてヒソヒソ話す。これによって、次に出て来る言葉やコメントがクローズアップされる、というわけです。
【やられたら、やり返す。倍返しだ!】
そして最後に、前回のシリーズからの名ゼリフ「やられたら、やり返す。倍返しだ!」を分析しましょう。このコメントには、印象に残すための要因がいくつか含まれています。
まずは短い言葉です。15文字しかありません。一息で言うことができます。人はダラダラした長い話は嫌いです。短く言うことには、それだけで価値があります。
また、3という数はとても覚えやすく、忘れにくいものです。句読点で句切られた3つのフレーズ、このフレーズが短さとあいまって、語呂のよさを醸し出しています。
そして最も興味深いのは、世の中の常識を否定していることです。常識はみんなが知っているから常識なのですが、例えば「大切なことはそれではない」と否定されると、「え? では、大切なことは何だろう?」と考えてしまうのが、聞いているほうの思考です。
「やられたら、やり返す」とは、一般的にはあまり考えられません。しかも倍返しなど、とてもできることではありません。こうした常識を否定するテクニックは、逆説的に私たちに驚きを与えるため、頭から離れないのです。
【技術を組み合わせる】
半沢直樹のキャストは歌舞伎の演者さんが多いため、舞台の表現力をお茶の間に持ち込み、テレビの世界にはなかった新しさがあるのかも知れません。しかし、コミュニケーション力が衰えたと言われる昨今では、顔芸も含め、私たちが参考にするべき点は多くあります。
ここにあげたセリフは、それ自体も非常に考えられたものでしょう。ただ、俳優さんたちは二重に、三重に高度なテクニックを組み合わせて、セリフのパワーを最大限に引き上げていました。これこそが、ここまでの人気につながっている理由ではないでしょうか。
現実の世界では、ここまで大げさに表現することはないかも知れません。でもいまだからこそ、話題に乗ってスキルを真似て、使ってみませんか? いまなら失敗しても、笑ってスルーすることができますよ。是非トライしてみましょう。
「やってみたら、意外とできなかった。実践だ!」……あー、ちょっと滑りました。 (了)
連載情報
柿崎元子のメディアリテラシー
1万人にインタビューした話し方のプロがコミュニケーションのポイントを発信
著者:柿崎元子フリーアナウンサー
テレビ東京、NHKでキャスターを務めたあと、通信社ブルームバーグで企業経営者を中心にのべ1万人にインタビューした実績を持つ。また30年のアナウンサーの経験から、人によって話し方の苦手意識にはある種の法則があることを発見し、伝え方に悩む人向けにパーソナルレッスンやコンサルティングを行なっている。ニッポン放送では週1のニュースデスクを担当。明治学院大学社会学部講師、東京工芸大学芸術学部講師。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修士
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